第46話 『ホエールズ・ラボ』から卒業します

「散々梓先輩を傷つけておいて、今更かもしれませんけど……わたし、『ホエールズ・ラボ』から卒業します」

「…………」

 梓先輩は、何も言ってこない。

 なんだか脚が、がくがくしてきて力が入らない。

 わたしは拳を握り締めて、決意を、覚悟を、梓先輩に伝えた。

「『ホエールズ・ラボ』さんで騒いだり、梓先輩を比べたり……そういうの、一切やめます」

「…………」

「これからは梓先輩自身をちゃんと見つめたいんです」

 やっと、分かった。

 肩書ばかりにこだわって、その人自身から目を背けていた自分の愚かさを。

 梓先輩の事も、お姉ちゃんの事も、自分の事も……。

 見えてないだろうけど、わたしは満面の笑みを浮かべて告げた。

「だから先輩、昨日はありがとうございました。おかげでやっと分かった気がします」

「……何がだよ」

「わたしはわたし、梓先輩は梓先輩なんですよ。『ホエールズ・ラボ』の赤坂梓なんかじゃない。『ホエールズ・ラボ』は翔真先輩がいてこそ、ですよね?」

 窓から、涼しい風が吹き抜けた。

 夏の匂いがする、爽やかな風。

 心地のいい風に乗って、楽しげな賑わいが聞こえたような気がした。

 わたしは扉に寄りかかるように座り込むと、穏やかな声で伝えた。

「梓先輩が落ち着くまで、ここにいますよ」

「……シフトはいいのかよ」

「うーん……誰かに相談してみます。今は梓先輩の方が大事です。だって先輩、泣いてるみたいですし」

 わたしは軽口を叩いて携帯端末を手に取ると、梓先輩はいじけたように言ってきた。

「……泣いてねぇし」

「涙声でよく言いますよ」

 わたしが笑って返すと、寄りかかっていた扉が開こうとした。

 わたしは慌てて離れると、普段通りの仏頂面の梓先輩が立っていた。

「ったく、黙って聞いてれば……」

 梓先輩はしゃがみ込むと、わたしのおでこを人差し指で突っついてきた。

 わたしが驚いて目を丸くしていると、梓先輩は男らしい笑みを浮かべた。

「生意気なんだよ、後輩のくせに」

 わたしはパチパチと瞬きをしたけど、ふっと表情を和らげてしまった。

 良かった……いつもの梓先輩だ。

 わたしは安心して、優しい微笑みを浮かべると、梓先輩もにかっと笑ってくれた。

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