第45話 傷ついた人間の中じゃ、一生消えねぇんだよ

「…………っ!」

 確かに聞こえた。梓先輩の声!

 わたしは顔を上げて梓先輩に訴えかけた。

「梓先輩! いるんですよね!? 戻りましょうよ! みんな心配してますよ!」

 わたしの問いかけに梓先輩は少し、間を空けた。

「……悪い。今は……戻りたくねぇんだ」

「どうしてですか!? こんな所に閉じこもってたって何も解決しませんよ!?」

「……そうかもな」

 いつもの覇気がまるでない、暗く沈んだ声。

 わたしは何も言えなくなっていると、梓先輩は吐露し始めた。

「胡桃沢、さっき言ったよな? 『時間が経てばきっと風化しますよ』って……」

「は、はい……」

 わたしは頷くと、梓先輩は溜息交じりに呟いた。

「確かに風化はするかもしれねぇな……周囲の人間からしてみれば」

「えっ……? ど、どういう事ですか……?」

 梓先輩の真意が読み取れず、わたしは聞き返した。

 だけど梓先輩はすぐには答えてくれなかった。

 わたしは何も言わず、梓先輩が言葉を見つけるまで待った。

 しばらくして梓先輩は話し始めた。

「……昨日のファッションショー、二年の間じゃ割と話題になっちまったんだよ。特に男子共は俺が飛び入り参加したっていうので……すげぇからかってきたんだよ」

 梓先輩の言葉にわたしは思い出した。

 翔真先輩が言ってた話だ……! 

 梓先輩は心底嫌だったらしく、重々しく告げた。

「事情を説明してもあいつらちっとも話を聞かねぇから……あー、マジで死ぬほど恥ずかしい思いした」

「……すみません。わたしのわがままのせいで……」

「騒ぎ立てたあいつらの方が悪いんだ……胡桃沢は気にしなくていいっての」

 すかさず言ってくれたけど、梓先輩の声にはまるで元気がなかった。

 梓先輩は深く溜息をつくと、やるせなさそうな声で呟いた。

「どんなに風化されて周りの人間が忘れても……傷ついた人間の中じゃ、一生消えねぇんだよ……」

「…………!」

 傷ついた人間の中じゃ、一生消えない。

 梓先輩の言葉がわたしの心から離れなかった。

 全身に鳥肌が立って、思わず腕を抱くように擦る。

 わたしは梓先輩の心の傷の一端を垣間見たような気がした。

「……怖いんだよ……」

 扉の向こうから鼻をすするような音が聞こえる。

 わたしはどうしようもない罪の意識に襲われた。

 今までどのくらい梓先輩を傷つけてしまったんだろう……。

 過去のわたしの考えなしの言動で、こんなに後悔した事はない。

 そもそもわたしが迎えに来たのは間違いだったのかもしれない、と脳裏に過ぎる。

 翔真先輩だったら、椿部長だったら、楓ちゃんだったら……。

 部外者のわたしが言っても、梓先輩は扉を開けてくれないだろう。

 だけど……構わない。

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