第44話 時間が経てばきっと風化する

「二人とも、赤坂くんと電話出来たりしないか?」

「さっきから全然繋がらないんです……! マジでどこにいったんだか……ッ」

「学校外に出ていたら、誰かが見ていると思うんだが……」

 先生と楓ちゃんの会話が、耳に入ってきた。

 わたしは急に視界がはっきりして、何故か脳裏にあの場所か浮かんだ。

 梓先輩の正体を知った、あの場所。

 『ホエールズ・ラボ』さんと初めて会った、少し散らかった狭い教室を……。

「…………ッ!」

 確証はなかった。

 だけど、気付いたら職員室を飛び出していた。

 じめじめと暑い風の中、一階の渡り廊下を走り抜ける。

 別館入口には『一般来場者立ち入り禁止』の看板。

 看板の横を抜けて、傍にある階段を駆け上がっていく。

 肺が潰れそうになる。脚も次第に重たくなってくる。

 勢いはどんどんなくなっても、わたしは足を止めなかった。

 梓先輩は絶対にいる。

 確信だけを胸にわたしは別館三階の奥まで辿り着いた。

 ぜえぜえと息を整えながら「ユーチューバー部」の張り紙を見つめる。

 電気はついていない。もしかしたら、見当違いだったのだろうか。

 だけどこの教室以外、考えられなかった。

 わたしは初めて訪れた時のように三回、ドアをノックした。

 反応はない。

 わたしはドアに手をかけると……開かなかった。

 鍵はかかっていない。何かに押さえつけられているみたいだ。

「……梓先輩。いるんですよね?」

 わたしは問いかけたけど、返事はない。

 わたしはもう一度開けようとしたが、やはり押さえつけられている。全力で引っ張ってみたものの、開きそうで開かない。

「…………」

 なかなか手ごわい。意地でもこの部屋から出る気はないみたいだ。

 わたしはドアから手を離すと、梓先輩に声をかけた。

「梓先輩……戻りましょう。先生たち、先輩が行方不明になったって心配してましたよ」

「…………」

「河田先生は校長室に呼び出されたらしいですし、もう大丈夫ですよ」

「…………」

 返事は一切ない。

 伝う汗が気持ち悪くて、手の甲で拭う。おでこに張り付いた前髪を整えながら、言葉を考える。

 わたしは扉の向こうにいる梓先輩に向かって、明るく話しかけた。

「今回の件だって、時間が経てばきっと風化しますよ! だから大丈夫ですって! 先生たちが対処してくれますし、河田先生にはきっと重い処分が下りますよ!」

「…………」

「だから大丈夫です! 戻りましょう、梓先輩!」

「…………」

 一言も返してくれなかった。

 もしかしたら、本当にいないのかもしれない……。

 わたしは俯き、いるかも分からない先輩にかける言葉を探した。

 だけどこれ以上、かけられる言葉が見つからなかった。

 確信が揺らいで、わたしはユーチューバー部の前から立ち去ろうとした、

「……胡桃沢」

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