第43話 トレンド五位には……

 何度LINEしても、電話をかけても、梓先輩は出てこなかった。

 翔真先輩に店番を任せ、わたしと楓ちゃんは職員室へ駆け出した。

 人混みを掻き分け、熱気に汗ばみながらTwitterを開く。

 トレンド五位には『ホエールズ・ラボ』の文字が……。

「『ホエールズ・ラボ』はルピナス学園の男子高校生!」

 話題のツイートは二万いいねを超えるほどバズってしまっていた。

 職員室の扉を力任せに開ける。

 伊井田(いいだ)先生に相談しよう。

 わたしたちのクラスの担任に相談しようと、職員室へ踏み入れる。

「伊井田先生ッ!」

 助けてと縋るように伊井田先生の背中に叫ぶ。

 だが伊井田先生は電話の対応に追われていた。

 伊井田先生だけじゃない。

 他の先生たちも嵐のように鳴り響く電話に必死に食らいついていた。

 だけどその表情は疲れ切っている。まるで戦場で水を求める兵士のようだった。

 伊井田先生は受話器を置くと、深く息をついた。

 わたしはすかさず伊井田先生に助けを求めた。

「伊井田先生っ!」

「ど、どうしたんだ、二人とも。そんなに慌てて……」

 伊井田先生に楓ちゃんが状況を説明する。

「さっき河田先生が手芸部帰りの人に兄貴の事を話してたんですよ! 『「ホエールズ・ラボ」は兄貴だ』って……!」

 楓ちゃんの言葉に伊井田先生は静かに息をついた。

「……ああ、知っているよ」

「「…………!?」」

「さっきツイートされていたからね」

 目を合わせたわたしたちに伊井田先生は重苦しく呟いた。

 伊井田先生はパソコンの画面を開くと、わたしたちに見せてきた。

 Twitterの画面だった。

 わたしたちは覗き込むと、画面にはっきりと映し出されていた。

『ルピナス学園の先生から聞いたから信憑性大! 「ホエールズ・ラボ」に会いたい人はルピナス学園へGO!』

「……えっ……」

 信じられなかった。

 いくら正体不明だったからって、ここまでするの……?

 職員室は涼しいはずなのに、じっとりと汗が背筋を伝う。息が詰まって、言葉が出てこなかった。視界がぐにゃりと歪んで、パソコンの画面がはっきり見えない。

 伊井田先生は肩を落として告げた。

「今、河田先生は校長室に呼び出されているよ。赤坂くんもどこにいるか分からないし……まさか、こんな事になるなんて……」

 一体、何を間違えたんだろうか。

 今日はせっかくの文化祭なのに……どうしてこんな騒ぎになってしまったんだろう。

 胸がぎゅっと締め付けられて息が出来ない。電話の嵐が遠くの方で、ぼやけて聞こえる。鼻の奥の方がジーンと痺れて、目頭が熱くなっていく。

 誰でもいい。どうか時間を巻き戻して……!

 梓先輩が笑顔でいられた時まで、戻りたい。

 わたしはプリーツスカートをギュッと握り締めて、神様に願った。

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