第42話 残りの三分の一はなんですか

 翔真の言葉の意味が分からず、わたしは首を傾げる。

 すると翔真先輩は小さく笑いながら言ってきた。

「二年の方は大騒ぎだったんだぜ? あのアズが、苦手な仮装をしてる状態で、後輩の女の子をお姫様抱っこしてファッションショー……。特に男子にはすげぇからかわれたんだってさ」

「ど、どうしてですか……?」

「アズのキャラじゃないから。あいつの性格は皆、知ってるからな」

 翔真先輩はいつになく真面目なトーンで話し出した。

「……アズな、昔っから人一倍恥ずかしがりなんだよ」

 そんなの、とっくに知っている。

 わたしはとりあえず頷いた。

「は、はい……そうですね」

「オレがアズん家の隣に引っ越して来る前からアズは編み物をやってた。オレが引っ越してきた頃からアズはマフラーとかが簡単に編めるくらい上手かったよ。けど……アズ、小一の時にクラスの女子に言われたらしいんだよな」

 翔真先輩は言うのを躊躇うように、少し間を空けた。

「――――『男子が編み物とか、キモい』って」

「えっ……!?」

 思わず目を見張った。息が止まってしまった。

 小学生とはいえ、いくら何でもひどすぎる。

 わたしは茫然と翔真先輩を見つめると、翔真先輩は深く息をついた。

「……アズが人目を気にするようになっちまったのは、そいつの一言が原因だと思ってる。今でこそ話せるようになったけど、オレが出会った頃のアズは女子が大の苦手だった。いや……怖がってる、って言った方がいいかもしれないな」

 初めて知った梓先輩の過去。

 小学生の頃から偏見に満ちた心無い言葉に傷付いて生きてきたのか。

 じゃあ、梓先輩の服の袖のシミは……!

 わたしは何も言えなくなってしまった。

 今まで趣味と外見が合っていないだけで、どれだけ傷付いて来たんだろう。

 思い返していくうちに、わたしはどんどん自分の言動の惨さを自覚した。

『流石は『ホエールズ・ラボ』さんだなーって思ったんです』

 いつかの日、梓先輩に向かって言い放った言葉。

 梓先輩の傷付いたような顔の意味が……ようやく分かった。

 翔真先輩は話を続けた。

「昨日のファッションショーは、昔のアズからしたら考えられなかったな~。まあ、三分の二は生徒会の意向と、アズのワガママだけど」

「……残りの三分の一はなんですか?」

 翔真先輩は悪戯っ子のようにニヤリと笑みを浮かべた。

「可愛い後輩であるクルミちゃんの為」

「えっ……?」

 意外過ぎる答えにわたしは目を丸くしてしまった。

 わたしの為……?

 自分の中で噛み砕いてみても真意が分からなかった。

「すごく分かりづらいけど、アズのクルミちゃんに対する態度は他の女子と全く違うんだよ。他に一年生の新入部員がいたとしても、アズは編み物を教えたりしない。ファッションショーにも絶対に出ない。……自分が引き受けた仕事を後輩に譲るような事もしない」

「…………!」

「確かにアズは顔面が凶器レベルだし、不愛想だし、けっこう面倒くさい奴だよ。昨日の態度だって強引だったし、すごく無理やりだったから、クルミちゃんが嫌ってもしょうがないと思う。だけど……」

 翔真先輩はわたしの目を見ると、眼鏡の向こうから真剣な眼差しを向けた。

「……お願いだ、クルミちゃん。アズ自身の事を見てやってくれ」

「…………」

 わたしはすぐに頷く事が出来なかった。

 ただ顔を俯かせて、言葉に迷いながら自分の手を見つめる事しか出来なかった。

 わたし、どうしたらいいの……?

 戸惑いと、梓先輩に謝りたい気持ちが膨れ上がっていく。

 だけど今さら手のひらを反すのも自分勝手な気がした。

 わたしは言葉が見つからずにいると、

「マリアちゃんっ!」

 切羽詰まったような声に呼ばれ、わたしは振り返る。

 目線の先には、顔を真っ青にして走ってくる楓ちゃんがいた。

「楓ちゃん!? どうしたの、そんな慌てて……」

 わたしは勢いよく立ち上がって、楓ちゃんに歩み寄った。

 楓ちゃんは肩で息をしながら、翔真先輩に尋ねた。

「翔真くん……あ、兄貴……見た?」

「いや、見てないけど……楓ちゃん、マジで何があったんだ?」

 翔真先輩の言葉にわたしは胸がざわつくような感覚に襲われた。

 冷房の効きすぎなのか、予感のせいなのか、なんだか肌寒い。

 わたしが腕を擦っていると、楓ちゃんは息が切れたまま答えた。

「さっき……か、河田先生が……!」

「バカワタがどうしたんだよ」

「一般のお客さん……多分、手芸部帰りの人に……兄貴の事、喋ってたんだよ……ッ」

 助けを求めるように、楓ちゃんは悪い夢のような事実を告げた。

「兄貴が……『ホエールズ・ラボ』本人だ、って……ッ!」

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