第38話 あの夢のような光景を

 湧き上がる歓声。肌にまとわりつく湿度。梓先輩の手の感触。

 閉ざした暗闇に届いたのは、溶かされるような熱だった。

 恐る恐る目を開ける。

 暗闇の向こうに広がっていたのは――――夏の日差しに咲く人々の笑顔だった。

『おおっ! なんと美しい花嫁なのでしょうか! 手芸部は全て手編みのウェディングドレスで登場だ! 花嫁に抱えられているクマさんもウェディング仕様で可愛らしい!!』

 放送委員の解説に観客のほとんどがどよめいた。

「マジで!? 全部手編み!?」

「すっごい綺麗! わたしも着てみたい!」

「つーかあの狼男、誰?」

「めっちゃワイルドじゃん! なんか絵になるなぁ!」

 待っていた現実は、わたしが考えていたものと全く違った。

 ドレスの美しさにうっとりとする女子生徒。

 声を揃えて梓先輩をからかってくる男子生徒たち。

 目を輝かせて写真を撮る一般のお客さん。

 まるで燦燦と照り付ける太陽の日差しで輝く海の水面のようだった。

 こんなに眩しくて、胸を焦がすような景色をわたしは見た事がない。

「赤坂――っ! このままお持ち帰りか――!?」

「やるねぇっ、オオカミくん!」

「んなわけあるかぁ――ッ!」

 梓先輩の照れたような叫び声に会場はドッと笑いに包まれた。

 わたしも思わずくすっと笑ってしまうと、梓先輩は安心したように言ってきた。

「な? 大丈夫だっただろ?」

「……はい」

 確かに……あんなに怯える事なんて、なかったかもしれない。

 なんだか急に馬鹿らしくなって、わたしは梓先輩に謝った。

「色々すみませんでした、梓先輩」

「その話は後だ。ほら、下ろすぞ」

 梓先輩にそっとランウェイの最前で下ろされる。

 わたしは抱えていたクマのあみぐるみを、力いっぱい宙へ抛った。

 クマは大きな弧を描いて人混みの中に落下する。

 誰が受け取ったんだろう。

 わたしは落下付近を見つめると、クマが人混みから浮上した。

 手にしたのは、お父さんに肩車してもらった小さな女の子だった。

「おねえちゃん! ありがとうっ!!」

 会場中から盛大な拍手喝采が湧き起こる。

 わたしはクマを手にした小さな女の子に大きく手を振った。

 すると女の子も満面の笑みを浮かべて、手を振り返してくれた。

 あの子に幸せな未来が待っていますように……。

 わたしが小さな祈りを捧げると、梓先輩は腕を差し出してきた。

「ほら、行くぞ。花嫁さん」

「……似合わないですね、そのセリフ」

「ほっとけ」

 わたしは屈託のない微笑を浮かべてくれた梓先輩の腕を取った。

 こんなにも幸せに満ち足りた事はない。

 意外とエスコート慣れしている梓先輩に、わたしは感謝の微笑みを浮かべた。

 ウェディングドレスが見せてくれた、あの夢のような光景を心に留めながら。

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