第36話 リアル人狼!!

「…………」

 梓先輩の鋭い目線が突き刺さる。

 いくら『ホエールズ・ラボ』さんの頼みだとしても、ファッションショーだけは無理だ。

 わたしは頑なになっていると、

「会長、悪いんすけど、衣装持って来てもらえます?」

「えっ? あ、ああ……」

 会長は言われるがまま衣装を取りに行ってしまった。

 わたしは茫然としていると、梓先輩は告げた。

「胡桃沢、悪いけどもう時間がねぇんだ」

 言葉の続きが、分かったような気がした。

「……着替えたとしても、出ませんよ」

 わたしは梓先輩の言葉を引き継いだつもりだった。

 だけど梓先輩はいつになく不敵に微笑んできた。

「ああ。好きにしろ」

「…………!?」

「俺が連れて行ってやるよ。お前の意思に関係なく、な」

 わたしは、知らなかった。

 スイッチの入った梓先輩が、こんなにも大胆不敵になる事を。

 まるで少女漫画に出てくる俺様系キャラに見えた。

 でも、どうしてだろう。

 こんなに頼もしくて、カッコよく見えてしまうのは……。

「梓君!」

「ああ、どうも、会長」

 鶴見会長が持って来た衣装の入った紙袋を梓先輩は受け取った。

 だけど鶴見会長は梓先輩の真意を読めていないようだった。

「持って来たが……どうするんだ? 胡桃沢君、嫌がっているんだぞ」

「ああ、大丈夫っすよ。もう解決したんで」

「えっ?」

 素っ頓狂な声を上げた会長そっちのけで、梓先輩は紙袋をわたしに突き出した。

「着替えて来い、胡桃沢」

「……だから、出ないって言ってるじゃないですか」

 わたしはそっぽを向いたけど、梓先輩も譲らない。

 梓先輩は語尾を強調しながら告げた。

「ふうん……じゃあ俺が! この場で! 無理やりにでも着替えさせるぞ!? ……いいのか?」

「ええっ!?」

 わたしは思わず驚愕したが、すぐに悟った。

 ああ、脅してるんだ。

「う、嘘ですよね……!? 先輩にそんな度胸あるわけ、きゃあっ!」

 わたしが侮っていると、梓先輩はわたしの肩を抱き寄せていた。

 クラスTシャツの裾を摘まれると、本当に身の危険を感じた。

 オオカミに舌なめずりをされているような恐怖感。

 梓先輩は、その低い声でわたしの耳元に囁いてきた。

「俺はマジだぞ」

「~~~~っ!?」

「で、どうする? 素直になった方が身の為だぞ?」

 吐息交じりの囁きに体が震えてしまう。

 皆が見てるのに……ッ!

 出番まで待機している生徒、生徒会役員の目線を感じる。

 恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。

 もう背に腹は代えられない!

 わたしは梓先輩から紙袋を手に取って、吐き捨てた。

「分かりましたよッ! 着替えればいいんでしょ!?」

「ああ、いい子だな」

「~~~~ッ!」

 梓先輩、まったく悪びれてない……。

 梓先輩の余裕な態度にわたしはある結論に達した。

まさか、謀られた!?

 最初からそのつもりなんてなかったんだ。なのに、あんな漫画みたいな事を……!?

 恥ずかしさと怒りでおかしくなってしまいそうだ。

 わたしはわなわなと震え――――平手打ちをお見舞いした。

「イッテェッ!!」

「梓先輩のバカ! 変態! リアル人狼!!」

 わたしは更衣室に駆け込んで、力任せに扉を閉めた。

 すると急に腰が抜けてしまい、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

 囁かれた右耳に梓先輩の吐息の感触が残っている。

 もしあの時、頷いていなかったら……どうなっていたんだろう。

 想像するだけで身の毛がよだつ。

 普段はシャイに見せかけて、梓先輩は本当にオオカミだったんだ!

「……もう、最低」

 わたしは溢れそうになった涙を拭って、紙袋の衣装を取り出した。

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