第35話 見世物なんて……

 二人が入って行ったのは、屋外ステージのすぐ傍の控室。

 わたしと翔真先輩も中に入ると、梓先輩の驚愕した声が木霊した。

「篠宮が捻挫!? 大丈夫なんすか!?」

 えっ……篠宮先輩が!?

 状況が呑み込めない。不安と心配で息が止まる。

 鶴見会長が冷静ながらも焦った口調で説明する。

「軽音部の機材を運んでいて、階段を踏み外したらしい。先生曰く、腫れが酷くて、とても歩ける状態じゃないそうだが、さっきタクシーで病院に運ばれて行ったよ」

「そっすか……なら大丈夫っすね」

 梓先輩は安堵したように息をついた。

 だけど鶴見会長の表情はまだ険しかった。

「だが、このままだと手芸部はファッションショーに出られない」

「…………!」

「誰か代役を立ててほしいんだが、椿君とは連絡がつかなくて……。梓君、他に心当たりはないか?」

 鶴見会長の言葉に梓先輩は困惑したように呟いた。

「んな事、急に言われても……」

 梓先輩は携帯端末でシフト表をチェックし始めた。

 だけど手芸部は兼部者が多い。シフトもかなりギリギリの時間で組んでいる。急に呼んでもきっと誰も駆けつけられない。

「クッソ、誰か空いてねぇかな……」

 梓先輩は苛つくような声で画面をスクロールする。

 わたしも確認しようと携帯を開く。だけど望み薄だ。

 どうしよう……どうすればいいの!?

 わたしも縋るように梓先輩の背中を見つめた、刹那。

「なあ、君は……」

 何故か会長がわたしの元に歩み寄ってくる。

「えっ!? な、なんですか……?」

 わたしは思わず身構えてしまった。

 すると会長はわたしを見つめてきた。

 足の先から頭のてっぺんまで、何度も何度も、嘗め回すように。

 気温はそれほど高くない。なのに、顔が急に熱くなってきた。

 思わず梓先輩に助けてください、と目線を送る。

 梓先輩は止めてくれなかった。それどころかハッとした表情を浮かべた。

「胡桃沢!」

 突然、大声で名前を呼ばれた。わたしはビクッと肩を震わせた。

 梓先輩が駆け寄る。何故か肩を掴まれた。鬼気迫る表情だ。

梓先輩は縋るように訴えかけてきた。

「頼む、胡桃沢! 篠宮の代わりにファッションショーに出てくれ!」

 息が、止まった。

 出るって、何に? ファッションショー? わたしが?

 真っ先に脳裏に浮かんだのは……、

「無理です! 無理無理無理無理っ!!」

 お姉ちゃんへの劣等感と、見世物になることの恐怖心。

 二学年のマドンナ的存在である篠宮先輩の代わりなんて、絶対に無理!!

 わたしは断固拒否したけど、事情を知らない会長は、

「胡桃沢君、オレからも頼む!」

「絶対に嫌です!」

 学園の各部活から選ばれた美人たちと並びたくない。

 わたしはお姉ちゃんのように綺麗じゃない。

 見世物なんて……絶対になりたくない!

 怯え竦むわたしに翔真先輩は動揺しながらも優しい声音で尋ねた。

「クルミちゃん、何がそんなに嫌なんだよ」

「…………ッ」

 答えたくない。

 だって、ワガママだって言われるだけだから。

 そんな事、わたしが一番よく分かっている。

 だけど、比べられたくない。

 苦い思いは、もうしたくない……!

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