第34話 サービス精神旺盛

 梓先輩が食べ終わって教室をあとにしてすぐ、わたしのシフトも終わった。

 エプロンを片付けて遊びに行こうとすると、翔真先輩に声をかけられた。

「クルミちゃん!」

「あっ、翔真先輩! 梓先輩も、さっきはありがとうございました」

「うん、ご馳走様。めちゃくちゃ美味かったよ、マルゲリータ!」

 翔真先輩は親指を立てて、満面の笑みを浮かべてくれた。

 だけど満足そうな翔真先輩とは対照的に、梓先輩はいつも通りの仏頂面だった。

 さっきまであんなに幸せそうな顔をしていたのに、本当に素直じゃない人だ。

「クルミちゃん、今からどこ行くんだ?」

「ダンス部の発表を見に行こうと思って。楓ちゃんに誘われたんですよー」

「ああ、もうそんな時間かー」

 翔真先輩は携帯端末で時間を確認すると、わたしに向かって頷いた。

「じゃあ一緒に行こうぜ。オレらもちょうど行こうとしてたんだよ~」

「あっ、いいですね! 行きましょう!」

 すると梓先輩が人目を気にしながら恥ずかしそうに言った。

「なあ、ショウ……いい加減、着替えてきていいか?」

「宣伝兼ねてるから駄目だ!」

 翔真先輩にはっきりと否認された梓先輩は、深くため息をつくと頭を抱えて項垂れた。

「勘弁してくれ……さっきから人目が気になって仕方ねぇんだよ……」

「人目を気にする所は昔っからだよな~」

 翔真先輩は呆れたように、だけどどこか懐かしむように呟いた。

 本人は不本意かもしれないけど、この人狼の恰好は梓先輩の強面な顔立ちにピッタリだ。冗談抜きでゲームのキャラクターにいそうなくらい違和感がない。

 だけど梓先輩的にはものすごく恥ずかしいみたいだ。

「いいじゃん、似合ってるんだからさ~!」

「せめてカチューシャだけでも外させてくれよ……」

「一番意味ないからな? カチューシャだけは絶対に外すな」

 梓先輩はこの上なく恥ずかしそうだし、不本意そうだったけど、言い返す事はなかった。

 話がまとまって校庭の屋外ステージへ向かうと、行く先々で生徒や一般のお客さんに声をかけられた。

「あの……写真、一緒に撮ってください!」

「いいですよ~」

 ルピナス学園のコスプレは全国的にもかなりハイレベルらしい。

 社交的な翔真先輩は快諾するものの、梓先輩はかなり抵抗があるように見えた。

 だけど梓先輩はつっけんどんな態度をしつつも、最終的には写真を撮らせてあげた。

 撮影係を頼まれて、シャッターを切った瞬間、わたしは思った。

 やっぱり梓先輩は、サービス精神旺盛な事で有名な『ホエールズ・ラボ』さんなんだな。

 強面だし、無愛想だし、実は超絶シャイだけど、なんだかんだ優しい人だった。

 屋外ステージに近付くにつれて、梓先輩はどんどんぐったりしてきた。

「もう仮装なんて金輪際やりたくねぇ……」

「まだ明日もあるんだぞ~」

「……穴があったら入りてぇ」

 堪えきれない様子で顔を両手で覆いながら、梓先輩は心中を吐露した。

 本当に人目に触れたり、目立ったりする事が苦手なんだな……。

 どうしてユーチューバーなんて始めたんだろう、わたしは不思議でならなかった。

 ダンス部の発表までまだ少し時間がある。待っている間に聞いてみようとわたしは梓先輩に声をかけようとした。

 その時、人混みの向こうから切羽詰まったような声が聞こえてきた。

「梓君ッ! いい所に来てくれた!」

「会長……? どうしたんすか、そんな慌てて……」

 息を切らして肩で息をする鶴見会長に梓先輩が尋ねた。

 鶴見会長は荒れた呼吸を整えようともせず、梓先輩の手を掴んだ。

「とにかく来てくれっ!!」

「は、ちょっ、ええええっ!?」

 鶴見会長に強引に引っ張られ、梓先輩は人混みに姿を消した。

 何か嫌な予感がする……。わたしと翔真先輩は目を見合わせた。

 何かあったんだ! 押し寄せる人混みを掻き分け、鶴見会長と梓先輩を追いかける。

 重たく右往左往する荒波に揉みくちゃにされる。それでも懸命についていった。

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