第31話 マルゲリータピッツァ

 緩んできた緑色の腰エプロンを引き締めると、お客さんに声をかけられた。

「すみません、席空いてますか?」

「いらっしゃいませー、こちらへどうぞー」

 異国情緒漂う装飾の、一年F組の教室。

 手早くテーブルを片付けて、わたしは次のお客さんを空いたテーブルへ案内した。

 時計を確認すると、まだ十一時過ぎだった。

 まだ文化祭が始まって二時間ちょっとなのに、わたしのクラスは大繫盛していた。

 手作り窯で焼き上げた本格ピッツァを出すクラスがある。

 外部のお客さんはもちろん、口コミを聞きつけた生徒たちも大勢来てくれた。

 あまりにもお客さんが来過ぎて、焼く方が間に合わなくて行列が出来てしまうほどに。

 追加分、まだかな……。

 焦りを覚えながら、わたしは並ぶお客さんのオーダーを確認した。

 すると男子三人が、大量のピザを乗せたトレーを何枚も重ねて、運んでくるのが見えた。

「お待たせ! 追加分持って来たよ!」

「おおっ、待ってました!」

「早く運ぼう!」

 運び込まれたピッツァに皆は安堵しながら、大急ぎで注文された品を運んでいく。

 わたしもピッツァの乗った紙皿を持って、クラスの装飾に溶け込んだ二人のイタリア女性の元へ運んだ。

「マルゲリータピッツァ、お待ち遠さまでーす」

 焼きたてのマルゲリータピッツァに、ママは目を輝かせた。

「縁の焼き目がいい感じじゃない、マリア!」

「そりゃあおばあちゃんレシピだからね。いっぱい練習したんだから!」

 おばあちゃんもじーっとピッツァを見つめてから、感慨深げにつぶやいた。

「まさかここまで再現出来るなんて思わなかったわ……美味しそうね」

「やったーっ! 『おばあちゃんのお墨付きをもらった』ってみんなに伝えとくね!」

 調理班の皆、喜ぶだろうなー……!

 わたしは満面の笑みを浮かべながら、ママとおばあちゃんにナイフとフォークを渡した。

「まあ! ナイフとフォークを用意してくれたの?」

「一応ね」

 イタリアではピッツァはナイフとフォークで食べるのがマナーだ。まあ、日本だと手で食べる人が多いから必要か? って言う人もいた。だけど、焼きたてピッツァは激熱だから、意外と需要があった。

「じゃあいただこうかしらね」

「ワクワクするわ~、いただきます」

 ママとおばあちゃんはナイフとフォークを使って、無言でピッツァを食べてくれた。

 熱々を食べるのがシェフへの礼儀、だそうだ。

 紙皿ギリギリの大きさのピッツァを二人はあっという間に食べ終えてしまった。だけど、表情はとても満足そうだった。

 ママはシュガーの溶けたエスプレッソを二、三口で一気に飲み、両手を合わせた。

「ごちそうさまでした。最っ高ね、マリア! このエスプレッソも美味しかったわ!」

「やったーっ! 明日から看板に『イタリア人も唸らせた』って書けるよ!」

「書きなさい、書きなさい! どんどん拡散しなさい!」

 ママのテンションがいつも以上に上がっている。よっぽど気に入ってくれたみたいだ。

 わたしは紙皿や紙コップなどを片付けると、おばあちゃんも嬉しそうに微笑んでくれた。

「本当に教えた甲斐があったわ。マリア、クラスの皆さんによろしくね」

「えっ、もう行っちゃうの? もっとゆっくりすればいいのに……」

 わたしの言葉にママが屈託なく言った。

「この味を早く他のお客さんにも堪能して欲しいもの。またあとで食べに来るわね」

「あ、ありがとう」

 その時にわたしはシフトじゃないだろうけど、とことん気に入ってくれたようだ。

「じゃあマリア、頑張ってね!」

「ありがとう! 楽しんでね!」

 わたしは楽しげな笑みを浮かべて、ママとおばあちゃんに手を振った。

 二人は振り返してくれると、無邪気な子供みたいにはしゃぎながら教室をあとにした。

 皆、喜ぶだろうなー……。

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