第30話 梓先輩の微笑み

 すると鶴見会長が梓先輩に向かって満足そうに親指を立てた。

「最高だね! マジですごいよ! 今年のファッションショーは盛り上がりそうだ!」

「そりゃあどうも」

「じゃあ手芸部は問題なしって報告しておくよ。お疲れ様、梓君。ちゃんと寝ろよ!」

 梓先輩は鶴見会長に肩を叩かれるとぶっきらぼうに、でも満足そうに答えた。

「……そのつもりっすよ」

 鶴見会長はその言葉を聞いて安心したのか、手を高く上げて振りながら去って行った。

「じゃあ手芸部の皆、準備頑張ってくれ!」

 鶴見会長が去っていくと、篠宮先輩の所に先輩方が集まって行った。

 皆さん口々に「めっちゃ綺麗!」、「見惚れちゃったよ!」と賛美した。

 あまりにも賛美し過ぎて、篠宮先輩は照れてクマのあみぐるみで顔を隠した。

 その様子を見守っていた梓先輩は、疲れたように目頭を抑えながらパイプ椅子に座った。

「あぁ、ねみぃ……」

 本当に眠たそうに梓先輩は大欠伸をした。

 わたしは梓先輩に歩み寄ると、梓先輩に声をかけられた。

「あっ、胡桃沢。お疲れさん」

「ありがとうございます! 先輩もお疲れ様でした!」

 わたしは興奮冷めやらぬと言わんばかりに梓先輩に感動を伝えた。

「あのウェディングドレス、本当に感動しました! 編み物って何でも出来るんですね!」

「……ああ、そうだな」

 すると梓先輩は髪を掻きながら、言葉を探すように目線を泳がせた。

 わたしはキョトンとしていると、しばらくして梓先輩は口を開いた。

「……本当は、もう少し露出を増やそうと思ってたんだよ。布面積が多いと、その分だけしんどくなるし……」

「じゃあ、どうして……?」

 わたしが尋ねると、梓先輩はどこか恥ずかしそうに俯きながらも答えてくれた。

「そりゃあ……後輩にあんな事言われちまったら、俺だって頑張らねぇと示しがつかねぇし……」

「…………!」

 梓先輩はわたしの方に向き直ると、はにかんだように微笑んだ。

「よく頑張ったな、マジで助かったよ。……ありがとう」

「先輩……」

 梓先輩はすぐに目を伏せてしまった。

 居た堪れなくなったのか、パイプ椅子から素早く立ち上がると家庭科室を後にしようとした。

「ちょっと仮眠してきまーす」

 他の部員たちに告げると、この場から逃げるように去って行った。

 さっきまでカッコよかったのに、今は小さな子供みたいな背中を見送る。

 わたしはさっきから小さく高鳴って止まらない胸を抑え込んだ。

 『ホエールズ・ラボ』さんに褒められた……。

 今まで追いかけ続けた人に「頑張ったな」って言われて、すごく嬉しい。

 嬉しいはずなのに、何故かわたしの脳裏から梓先輩の微笑みが消えない。

 梓先輩、あんな顔もするんだな……。

 最初は毛糸のボタンの編み方を教わった時だった。

 わたしに向けられた二度目の微笑みは、しばらくわたしから離れてくれなかった。

 文化祭開催まで、あと少し……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る