第29話 麗しい花嫁
するとガラガラッと家庭科室のドアが開き、みんながドアの方へ目線を向けた。
ドアの所には――――去年の夏に見たあの動画の生徒会長、鶴見心友(つるみ しんゆう)さんだった。
生徒会長がどうしてここに……?
わたしは状況が飲み込めずにいると、鶴見会長は梓先輩の元へ歩み寄った。
「梓君、お疲れ様。ちょっといいか?」
「言われなくても分かってますよ。衣装チェックっすよね?」
梓先輩が察したように言うと、鶴見会長が困ったように息をついた。
「さっきゲンシケンと絶対的希望委員会の衣装をチェックしてきたんだ」
「……どうだったんすか?」
「ちょっと露出が……先生たちも目を瞑れないレベルだったから。一応、学校の出し物だから、へそ出しやパンチラギリギリなミニスカはなー……」
現代視覚文化研究部(通称、ゲンシケン)と絶対的希望委員会。
簡単に言うと、ゲンシケンは漫研。絶対的希望委員会はコスプレダンス同好会だ。
見なくてもなんとなく分かる。アニメや漫画のキャラクターによっては露出が凄そうだ。
「露出に頼ろうなんて品がねぇ奴らっすね」
「そう言うなよ、露出だって限度を守れば素敵な表現さ。梓君はどうなんだ?」
梓先輩は自信たっぷりに鼻を鳴らすと、作業机に広げていた衣装を持ち上げた。
その時、わたしを含めた手芸部員たちから思わず溜息が零れた。
「どうっすか? 露出なんて、文句は言わせぇっすよ」
自慢気な梓先輩が見せつけたのは、クラシカルタイプのウェディングドレスだった。
長袖とハイネックが特徴的の清楚なデザインで、露出はほとんどなかった。
セーターでも大変なのに、ウェディングドレスを編んだんだ……。
梓先輩の編み物の才能に、わたしは尊敬どころか恐ろしさすら感じてしまった。
誰もが見惚れるほどのドレスに、鶴見会長も驚きを隠し切れていない。
「ええっ!? マジかよ、ウェディングドレス!? えっ、これ……編んで作ったのか!?」
「手芸部っすからね」
先輩はドヤ顔で断言した。
だけどそのドヤ顔が嫌味に思われないほど、このウェディングドレスは美しかった。
「綺麗だな……なあ、写真撮っていいか!?」
「ファッションショー当日にしてください。おい篠宮、ちょっと着てくれ」
手招きした梓先輩は、ファッションショー出場者である篠宮先輩に衣装を渡した。
篠宮先輩は家庭科室の隅っこの試着室へ行くと、他の先輩に手伝ってもらいながら着替えた。
「楽しみだなぁ」
「篠宮ちゃん、美人だからとんでもなく化けるわよ!」
「ていうかウェディングドレスってチョイスヤバくない?」
先輩たちがうきうきしながら話すのを聞いて、わたしもなんだかドキドキしてきた。
衣装単体でも素敵だったけど、美人な篠宮先輩が着たらどんな風になるのだろうか。
しばらくして、着替えを手伝った先輩が試着室から出てきた。
「お待たせしました! オープン!」
カーテンが勢いよく開けられる。
現れたのは――――真っ白なベールに包まれた麗しい花嫁。
篠宮先輩の晴れ姿に家庭科室中に黄色い悲鳴が木霊した。
ベールの裾にも繊細なレース模様の編み物が縫い付けられている。ウェディング仕様になったクマのあみぐるみが腕に抱えられて、美しさの中に可愛らしさと無邪気さがあった。
綺麗だな……!
あんな結婚式が出来たら幸せなんだろうな、とわたしは心の隅で羨望した。
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