第19話 俺帰るけど

 GW真っ只中。

 わたしは軽やかな足取りでルピナス学園の校門をくぐった。

 階段を上がり、スキップしながら家庭科室へ向かうと、既に明かりがついていた。

 些細な事にも胸が高鳴る。わたしはうきうきしながら、楽園への入り口の扉を開けた。

「おはようございまーす、梓先輩、翔真先輩」

 何か作業中だった二人は、わたしの声に気が付くと振り返ってくれた。

「あっ、クルミちゃん! おはよ~」

「……おう」

 わたしは二人に歩み寄ると、翔真先輩がいつも持って来ているパソコン画面が見えた。

 何気なく覗き見した画面には、梓先輩の手と白いクジラのあみぐるみ。

 息を飲み、思わず後退りしてしまった。

「しょ、翔真先輩」

 わたしが両手で口を覆って呟くと、翔真先輩は察したように答えた。

「そう、『ホエールズ・ラボ』の新作動画」

「キャ――ッ、すごいです! わたし、編集作業を生で見るの初めてです!」

 本人曰く、翔真先輩は手先がとんでもなく不器用らしい。

 だから家庭科室に来ても手芸なんてしない。パソコンかタブレット端末を開いて、動画編集ばかりしている。

「じゃあ今度編集の仕方、教えてあげようか?」

「いいんですか!? けど、わたしに出来るかな……」

「少しパソコンを使えるなら絶対に出来るって! 思い出のムービーとか編集するの、めっちゃ楽しいんだぜ?」

 わたしと翔真先輩が盛り上がっていると、梓先輩がぼそりと呟く。

「動画編集するなら、俺帰るけど」

「ああっ、やりますやりますっ! 今準備しますから!」

「話題に入れなかったからって拗ねるなよ~、アズ」

 翔真先輩がケラケラと笑うと、梓先輩は「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 わたしは梓先輩の向かい側に座ると、慌ててトートバッグから道具などを取り出した。

 今日、わたしは『ホエールズ・ラボ』さんこと梓先輩に編み物を教わりに来た。

 憧れの人から直に教わるなんて、他のファンにおこがましいという気持ちもあった。

 だけどわたしはもっともっと上達したいんだ。

 輪の作り目すら出来ない自分から脱却したい。

 少なくとも文化祭で売り物になるくらいの作品を作りたい。

 わたしの決意の先輩は渋々だったけど、受け入れてくれた。

 もしかして、意外と優しい人なのかな……。

 準備が整うと、わたしは『ホエールズ・ラボ』先生に頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「ん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る