第18話 あみぐるみとわがまま

 だからって、いまさら嫌いになんてなれなかった。

 どんなに強面でも、不愛想でも、先輩の手から生み出される作品は可愛いんだから。

 わたしの言葉に梓先輩は驚いたように目を見開いた。

 だけどすぐに澄まし顔でそっぽを向いてしまった。

「……分かってくれりゃあいい」

 普通に「ありがとう」って言えばいいのに……。

 だけど、どうしてだろう。

 さっきから胸の高鳴りが止まらない。

『ホエールズ・ラボ』さんの正体が分かってから、世界の彩度が上がった気がしていた。

 ついこの前まで椿部長にからかわれたら、これでもかと反発していたのに。

 わたしは胸の内で弾けて止まらない気持ちを形にした。

「梓先輩、今度あみぐるみの作り方を教えてください!」

「えっ……なんで?」

「わたし、まだ初心者なんです。六月の文化祭に向けて上達したいので」

 だけど梓先輩が首を傾げたのは別に理由だったみたいだ。

「そうじゃなくて、なんで俺? あみぐるみなら姉貴でもいいだろ」

 あからさまに避けられている。やっぱり、嫌われているのだろうか。

 確かに椿部長で駄目な理由なんて、ない。

 『ホエールズ・ラボ』さんの教わりたい、わたしのワガママだ。

 せっかくお近づきになれたんだ。どうせなら後輩という立場を思う存分利用してやる!

 わたしは唇を尖らせて拗ねたように目を背けた。

「先輩の正体、バラしてもいいんですか?」

「なッ……!」

「後輩の教育は先輩の役目ですよね? 教えてくれたっていいじゃないですか」

 もちろん、バラす気なんてさらさらない。

 もしルピナス学園に『ホエールズ・ラボ』さんのファンがいたら、きっと押し寄せて来てしまうから。

 だけど梓先輩は真に受けたようだった。

 椿部長に救いを求めるように目線をやったけど、椿部長はドライだった。

「マリアさんの言う通りよ。梓さん、私よりあみぐるみ作るの上手じゃない」

「そういう事じゃねぇよっ!」

「あと梓さん、今まで部活サボった分、ちゃんと働きなさい。部長命令よ」

「う、嘘だろ……」

 梓先輩は究極の選択に迫られたように頭を抱えた。

 少し申し訳ない気持ちも芽生えたが、わたしはほくそ笑んでいた。

 しばらく懊悩した梓先輩は苦渋の決断と言わんばかりに吐き捨てた。

「……ああくそっ、分かったよ!」

「やったーっ! よろしくお願いします、先輩!」

「ふんっ」

 わたしは感激したが、梓さんには鼻を鳴らされてそっぽを向かれた。

 だけどわたしは目を輝かせ、胸躍らせていた。

 憧れの人と編み物……夢じゃない事が信じられなかった。

「よろしくね、梓さん。私は文化祭の企画とかで忙しいから」

「姉貴ぃ……ッ、こういう時だけ部長面しやがって……!」

「だって私、部長さんだもの」

 椿部長に言い返せない梓先輩はこの上なく悔しがった。

 なんかいいな、この姉弟。

 わたしは微笑ましく思っていると、翔真先輩が耳打ちしてきた。

「アズに教われば間違いないぜ。ああ見えてものすごく教え上手だからさ」

 翔真先輩の言葉にわたしは満面の笑みを浮かべた。

「はいっ!」

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