第17話 手芸部の秘密

 家庭科室に戻ると、わたしは椿部長に説明を求めた。

「椿部長、どうして教えてくれなかったんですか!?」

 まさか梓先輩が『ホエールズ・ラボ』だったなんて……。

 信じ難い事実にわたしはまだ混乱していた。

 だけど椿部長はやんわりとほほ笑むだけだった。

「ごめんなさいね。梓さんに口止めされていたから」

「く、口止め?」

 わたしは、パイプ椅子に腰かけて腕と脚を組んでいる梓先輩の方へ振り返る。

 先輩は初めて会った時よりも不機嫌そうな顔をしていた。

 すると椿部長が説明してくれた。

「梓さんってけっこう人目を気にする性格なの。だからルピナス学園でも梓さんが『ホエールズ・ラボ』だって事を知っているのは手芸部員くらいね」

「そ、そうだったんですか」

 だったら、もっと早く教えてくれても良かったんじゃないんですか?

 新入部員とはいえ、仲間外れはやっぱり寂しい。

 すると梓先輩が椿部長に言ってきた。

「おい、姉貴! 部会の時間ならもっと早く呼んでくれよっ! おかげでバカワタの愚痴を聞かされる羽目になったじゃねぇか!」

「散々LINEしたのに気付かない梓さんたちが悪いのよ。電話だってしたし、『五分以内に気付かなかったらマリアさんを迎えに行かせる』とも送ったわよ」

「はあっ!?」

 素っ頓狂な声を上げて、梓先輩はスカジャンのポケットに手を突っ込んだ。

 携帯端末を起動させた梓先輩は、多分とんでもない数の通知に言葉を失ったのだろう。

「マジかよ……」

 ぐうの音も出ない、と言わんばかりに梓先輩は再び頭を抱えて項垂れた。

 すると梓先輩に向かい側に座るユーチューバー部からついて来た男子生徒が言った。

「けど良かったんじゃね~のか、アズ? やっと家庭科室で部活が出来るんだからさ」

「そういう問題じゃねぇよ……」

 深刻そうに呟いた梓先輩とは対照的に、男子生徒はポジティブだった。

 あの人、どうして家庭科室までついてきたんだろう……。

 わたしは不思議に思っていると、男子生徒と目が合った。

「あ~! 君が胡桃沢マリアちゃん?」

「は、はい、そうですけど……あなたは?」

 わたしが尋ねると、彼は簡単に自己紹介してくれた。

「オレは青柳翔真(あおやぎ しょうま)。アズと同じ二年生で、手芸部には名前だけ貸してるんだ」

 短い青髪に黒縁メガネが秀才っぽい、梓先輩とは対照的な人だった。何故かジャージに白衣っていう謎なファッションに身を包んでいて、陽気なオタクって印象を受けた。

 すると翔真先輩は親指を立て、自分を指差してきた。

「ちなみに言うと、『ホエールズ・ラボ』の編集担当な」

「…………えっ?」

 言葉の意味を理解するまで、約三秒。

「ええ――――っ!? 全部梓先輩がやってるじゃないんですか!?」

 他の編み物系ユーチューバーは全部自分でやってるのに!

 わたしは驚いていると、翔真先輩に笑い飛ばされた。

「あっははは、無理無理! アズってとんでもない機械音痴だからな! LINEだってやっとまともに使えるようになったのに、編集なんて――――」

「余計な事吹き込んでんじゃねぇよ」

 梓先輩は翔真先輩をギロリと睨みつけると、パイプ椅子からすっと立ち上がった。

 わたしの方に歩み寄って来ると、梓先輩はわたしに釘を刺してきた。

「胡桃沢、だったよな? 俺が『ホエールズ・ラボ』だって事は他言無用だからな。絶対に言い広めるんじゃねぇぞ」

 低く唸るような声音だったけど、わたしは怖くなかった。

 だけどどうしてそこまで正体を晒したくないのか分からなかった。

 わたしは梓先輩から目線を逸らす事なく尋ねた。

「どうしてですか?」

「面倒事しか起きねぇからだよ」

「アンチコメントとかですか?」

 わたしの言葉に先輩は溜息をついた。

 目線を逸らして、少し伏せながら小さく呟く。

「……分かってるなら聞くんじゃねぇよ」

 どこか弱々しい先輩に、わたしは楓ちゃんが言っていた言葉を思い出した。

『兄貴はああ見えて臆病だからね』

 意外だったな。

 『ホエールズ・ラボ』さんは性別不明者として振る舞っている。だけどTwitter上では「間違いなく女性!」と噂されている。

 わたしもその一人だった。

 『ホエールズ・ラボ』さんの作品はどれを見てもめちゃくちゃ可愛い。ネット販売のあみぐるみは、飾り付けなどを変えてファンを楽しませてくれるんだ。

 まさか強面ネガティブ男子高校生が、『ホエールズ・ラボ』さんの正体とは思ってもみなかった。

 わたしは梓先輩の目を見て告げた。

「分かりました。誰にも言いません」

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