第14話 ありえないんですけど!

 今日はとてもいい一日だった。

 初めて正方形のまともなコースターを完成させられたんだ。

 まだまだ歪だからハートにはまだ程遠いけど、大きな一歩だ。

 入部届も出せたし、わたしは次第に充実してきた編み物ライフを満喫していた。

 木曜日の放課後。

 わたしは椿さん改め椿部長と、ルピナス学園の最寄り駅にある百円ショップに来ていた。

 本当は楓ちゃんとも来たかった。だけど今日は兼部する為に他の部活を見に行っていて、別行動だ。

「へぇー、毛糸の材質ってものすごく重要なんですね」

「そうね。アクリル毛糸は鍋敷きには向かないし、ジュート系はウェアにしたら完全に嫌がらせだし」

「確かにチクチクしてますもんね」

 植物繊維で出来た毛糸を触りながら、わたしは納得したように呟いた。

 お姉ちゃんやおばあちゃんと一緒に手芸店に行った時は考えもしなかった。

 ただ値段や、色の可愛さだけで毛糸を選んでいた。

 だから百円ショップで毛糸が売られている事がちょっと意外だった。

 百円ショップの毛糸売り場には初めて来たけど、

「百円でこの可愛さって、価格破壊ですよね」

「だから毛糸の罪庫(ざいこ)がどんどん増えちゃうのよ……。百円ショップって宝の山だけど、罪深いわよね」

「うわあー」

 同じ商品名とはいえ、毛糸はカラーバリエーションがいくつもある。

 大きな作品を作ろうとなったら何玉も買わないといけない。

 椿部長曰く、編み物って、編みかけがものすごく増えてしまうものらしい。

 毛糸だらけになって散らかった部屋が目に浮ぶ。

 近い未来、わたしもそうなるんだろうな、と思うと恐ろしい。

 わたしは思わず渇いた笑みを浮かべると、椿部長が言ってきた。

「そうだわ! マリアさん、良かったら次の部活でうちにある毛糸をいくつかあげるわ」

「ええっ!? いいんですか!?」

「あってもタンスの肥やしになるだけだもの。むしろ貰って」

 椿部長の気前の良さにわたしは目を輝かせた。

「嬉しいですっ、ありがとうございます!」

「いいのよ。だってマリアさん、手芸部(うち)を目指してルピナス学園に来てくれたんでしょ? こんな嬉しい事はないわ」

 屈託なく微笑んだ椿部長にわたしも同じように笑って見せた。

 だがふと、脳裏にシュッとした寂しげな後ろ姿が浮かんだ。

 そういえば梓先輩、今日も来なかったな。

 椿部長は毛糸ごと染色が同じかどうかを示すロット番号を確認している。

 わたしは椿部長が確認し終えたのを見計らって、声をかけた。

「椿部長、梓先輩って手芸部員なんですよね?」

「そうよ。ああ、そういえば今日も来なかったわね」

「椿部長と梓先輩って姉弟なんですよね? 何か聞いていないんですか?」

 もしかして梓先輩って、いわゆる幽霊部員なのだろうか……。

あまりにも来ないから、わたしはその可能性を考えていた。

 手芸部はあまり人数がいない。三年生には幽霊部員も多いという。二年生なんて一人も見た事ないし、正直言って梓先輩が手芸好きとは思えない。

 すると椿部長は何故か悪戯っ子の笑みを浮かべてからかうように言って来た。

「あらまあ、マリアさん、梓が心配なの?」

「そうじゃなくて! せっかくの部活なのに来ないなんてもったいないなって……ちょっと思っただけです!」

 心配とか、そんな事は絶対にない!

 怖くないけど、梓先輩ってわたしの好みとは正反対だし、何より不愛想だし。

 わたしの理想の異性は、もっと爽やかで、気さくで、優しい人なの!

 わたしは拗ねたように頬を膨らませて、椿部長に言おうとした。

だけど……――――

「……そう、ね」

 椿部長は夏の夜に咲いた花火が散る様から目を背けるように俯いていた。

 えっ、どうして……?

 わたしは目を見張ると、椿部長は少し間を置いてからわたしの方を見て来た。

「けど……そろそろ来てくれないと、困るわね。明日は部会だもの」

「部会?」

 そっか、もう仮入部期間が終わるんだ。

 あっという間に過ぎ去っていく時間の流れにわたしは少し目を見張った。

「明日には来るように言っておくわ。『後輩に心配かけちゃ駄目よ』ってね」

「だから心配なんてしてませんてばっ!」

 わたしは椿部長に言い返して、ぷんすかと拗ねた。

 あんな強面ヤンキーを好きになるなんて、ありえないんですけど!

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