高校進学編

第10話 いびつなハートのコースター

 進学先が決まり、わたしの編み物ライフが始まった。

 お姉ちゃんとおばあちゃんに買ってもらった道具や毛糸で様々なものを作った。

 『ホエールズ・ラボ』さんの動画を見れば、初心者のわたしでも可愛い小物が作れる!

 って、思っていたんだけど……。

 春の日差しが心地いい朝。

 春眠暁を覚えずなんて言うけど、わたしは早起きして、編み物をしていた。

 だけど五時に起きて、編み続けて出来たのはいびつな形の糸の塊だけだった。

 ハート型のコースターを作ろうとしたけど、どう見てもハートじゃない。

 予想を上回った自分の不器用さに、わたしはドン引きしていた。

「全然出来ないよー……」

 わたしは机に突っ伏して、深く溜息をついた。

 この二か月間、動画を見漁ったり、本を読んだりして編み物の勉強をした。

 だけどまともな作品はひとつも完成しなかった。

 わたし、才能ないのかな……。

 落ち込んでいると、扉の向こうからノック音が聞こえてきた。

「マリア? 起きてる?」

 ママの声だった。

「そろそろ行かないと学校、間に合わないわよ」

「えっ!?」

 嘘だ! だってさっき時計を見た時は六時だったのに!

 わたしは慌ててスマホを起動した。

 時刻は……七時、三十三分。

「うわああああっ!?」

 最悪だ! あと十分でバスが来ちゃうのに! わたし、まだパジャマだ!

 一刻の猶予もない。わたしはパジャマを脱ぎ捨てた。

 クローゼットを乱暴に開ける。手早く制服に着替えて、髪を梳かす。

 髪はもう下ろして行こう!

 わたしはスクールバッグを抱え、リビングへ駆け下りた。

 お弁当をバッグに入れると、ママが呆れながら微笑んだ。

「編み物するのもいいけど、タイマーくらいしなさいよ」

「そうするよっ! 行って来ます!」

 短く返して、わたしは玄関から飛び出した。

 バス停までは三〇〇メートル。走ればまだ間に合うはず!

 疾走して住宅街を抜ける。するとバスが目の前を通り過ぎた。

 バス停には少し人がいる。駆け込み乗車ならまだ乗れる!

 風になれ、わたしっ!

 最後の人が乗り込んだ。だけどわたしは走り続けた。

 幸い、バス運転手は優しい人だったみたい。

 三十秒、わたしがバスに乗り込むまで待っていてくれた。

 ぜえぜえと息を切らしながらも、わたしはICカードをタッチした。

 バスは発車して、わたしはふらふらしながら空いていた座席に座り込んだ。

 はぁー……間に合ったー。

 バスに揺られながら肩で息をして、わたしは呼吸を整えた。

 入学式から三日目。

 この時点から遅刻なんて、さすがにちょっと笑えなかった。

 まさか編み物ってあんなに時間を忘れられるなんて、思ってもみなかった。次からちゃんとタイマーをつけよう。

 わたしはスクールバッグを膝の上に置いた。

 ペンギンホーちゃんが目に入って、わたしは思わずくすっと笑った。

 今日から仮入部期間……!

 待ちに待ったルピナス学園の部活動。

 わたしは遠足が楽しみな子供のようにはしゃいでいた。

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