第8話 奪われた時間の対価
カラッと晴れ渡った冬空。
バレンタインデーとか、チョコの準備とかで騒ぐ季節になった。
だけど灰色の受験生にそんな暇はない。
HRが終わると、わたしはマフラーを巻いてさっさと下校しようとした。
だけど廊下に出ると、先生たちの目を盗んで部活の先輩へ義理チョコを上げる後輩を多く見かけた。
後輩たちにとって、バレンタインデーは先輩へ気持ちを伝える残り少ない機会なのかもしれない。
だけど浮かれている余裕なんて、ない。
だって今日でわたしの運命が決まるんだから。
だというのにいつまで経っても邪魔者は現れる。
「胡桃沢さん! このチョコ、リーチェさんに渡してくれない?」
「ごめんね、今日急いでるから」
絶対にいると思った。
お姉ちゃんとのコネを作る為にわたしにチョコと手紙を渡そうとする人たち。
「胡桃沢さん、ちょっといい? リーチェさんに――――」
「今日用事あるから今度にして」
最初は丁寧に断っていたけど、だんだんイライラしてきた。
また学校に行くようになってから思い知った。
皆、わたしの事を「胡桃沢ベアトリーチェの妹」としてしか見ている、と。
今まで見て見ぬ振りをしていたけど、もうわたしは振り回されたりしない。
速足で下駄箱へ向かって、靴を履き替えようとすると、
「胡桃沢、ちょっといいか?」
キザな笑みを浮かべる外谷くんが通せんぼした。
「……何?」
「素っ気ないな。胡桃沢、夏休み明けてからなんか変だぞ? 急に不愛想になって」
違う、目標が定まっただけだ。
相手にするだけ時間がもったいないから、わたしははっきりと告げる。
「……通してくれる? 今日、合否通知が届く日なの」
「ふうん……じゃあ手短に済ますな」
外谷くんは取り合わず、自分の用事を押し付けた。
「はい、チョコレート。お姉さんの分もどうぞ」
「どうしてお姉ちゃんの分まであるの?」
「お姉さんにはお世話になったからな」
外谷くんが持っている二つのチョコは明らかに包装の豪華さに差があった。間違いなく地味な方がわたしので、口実作りなのも目に見えた。
「なあ頼むよ、胡桃沢」
一度でもこんな人を好きになったなんて、節穴だった過去の自分に腹が立つ。
本当に誰も彼も『わたし』の事なんて見ちゃいないんだから……ッ!
わたしは外谷くんに二か月以上も奪われた時間の対価を支払わせた。
「はっきり言ったら? 『お前なんかリーチェさんのおまけだ』って」
「……はあ? なんだよ、急に……」
「はっきり言ってたよね? 『わたしと仲良くしとけばリーチェさんとお近づきになれるかもしれないな』って。あー、最低!」
大きな声でわたしは暴露した。
下駄箱付近にいた外谷くんのファンである女の子たちは、訝しげにひそひそ話をしている。
すると外谷くんは女の子たちの反応に動揺したのか、
「はあ!? 盗み聞きしてたのかよ!? うっわ、キッモ! 高校生アイドルの妹が聞いて呆れるなあ!」
「へぇー、認めるんだ。わたしなんて高校生アイドルの妹だって」
「…………っ!」
とうとうボロが出た。
外谷くんは表情が凍り付き、女の子たちはぼそぼそと、でも明らかに呟いた。
「外谷先輩、マジで?」
「うっわ、ひどい……」
「ガチなドルオタとかキモ」
外谷くんの完璧王子様なイメージは完全に崩壊したみたいだ。
女の子は噂好きだから、この事実はあっという間に広がるだろう。
わたしは満足してにっこりと微笑むと、最後にトドメを刺した。
「そもそもお姉ちゃん、外谷くんみたいにせこい事をする男子って嫌いなんだよね」
「…………ッ」
外谷くんはその場で崩れ落ちた。
わたしはさっさと校舎を飛び出して、家まで疾走した。
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