第7話 ぶきっちょだから

 椿さんに尋ねられて、わたしは言うのを躊躇いながら答えた。

「わたし、ものすごく不器用で……家庭科とかが苦手なんです。調理実習とかも片付け担当でしたし、ミシンとかもまともに使えなくて……」

 小さい頃から可愛いものは好きだ。

 おばあちゃんと一緒に可愛い人形とおままごとをしたし、部屋には十年以上一緒にいるクマのぬいぐるみがある。アクセサリーとか、小物とか、自分で作れたらどんなに楽しいだろうってずっと思ってきた。

 だけど……自分でも嫌気が差すくらい不器用なのだ。

 お菓子を作ろうとしても間違いなく失敗する。焼き菓子は焦がすし、チョコ菓子は油分が分離してしまう。ひどい時はキッチンが煙だらけになってしまった事もあるくらいだ。

 だからわたしは家庭科には縁遠いとずっと思っていた。

 だけど椿さんの反応はあっけらかんとしたものだった。

「片付けだって大切なことじゃない。私なんて片付けは全然できないし、ミシンやお裁縫はけっこう苦手なのよ? 針さんとか痛いし」

「えっ? 冗談ですよね?」

「本当よ。実際、ここに洋裁系の作品はないし、展示していないもの」

 いや、編み物が出来るだけ、わたしはものすごく尊敬しているんですけど……。

 思わず間抜けな顔をしてしまうと、椿さんは力強く言った。

「編み物に限った話で言えば、例え不器用でも時間さえかければ必ず上達するわ」

「ま……まっさかー。編み物ってなんだか複雑そうだし、わたしの周りでやってる人なんていないから教えてもらえませんし……」

 椿さんはきっと器用だからそんな事が言えるんだろう。

 わたしは椿さんの言葉が信じられずにいると、椿さんが何気なく呟いた。

「やるなら自分が楽しいと思える方が素敵よね」

「…………!」

 わたしが目を見張ると、椿さんはひとつ提案した。

「そうだわ! もし良かったら、どれかひとつ貰って行って」

「ええっ、いいんですか!?」

「ただ展示されるよりも、誰かに愛でられる方があみぐるみさんたちも嬉しいと思うの」

 願ってもいない申し出にわたしは感激してしまった。

「ありがとうございますっ! うわあ、迷っちゃうなー」

 わたしは作品たちを見つめて、決め悩んだ。

 もちろん、ウェアや小物も全部素敵だ。だけどわたしには『あみぐるみ』と呼ばれた人形が一番魅力的に映った。

 ウサギ、クマ、クジラにメンダコ……どれもこれも、めちゃくちゃ可愛い!

ひとつに絞るなんて辛いな……、と溜息をついた時だった。

「…………!」

 胸がときめいた。

 『その子』から目が離せない。

 少女漫画のヒロインが運命の相手に出会った時の心情が初めて分かった気がした。

 まんまるでふっくらとしたフォルム。くりっとした愛らしい目。オレンジ色のぽてっとした嘴……。

 チャーミングなクジラを模したポンチョを被った、ペンギンのストラップ。

 うわあ……ものすっごく可愛い!

 わたしが見惚れていると、椿さんは言ってきた。

「あらまあ、お目が高いわね。『ホエールズ・ラボ』さんのペンギンさんね」

 『ホエールズ・ラボ』……?

 聞き慣れない言葉だ。作家さんか何かなのだろうか。

「誰ですか? その『ホエールズ・ラボ』さんって」

 わたしが聞くと、椿さんは簡潔に答えてくれた。

「超人気な手芸作家兼ユーチューバーよ。編み物界隈では有名人さんで、よく動画を参考にさせてもらっているの」

「じゃあ技術さえあれば、編み物で何でも再現も出来ちゃうって事ですか?」

 わたしが驚いたように聞くと、椿さんはさらに嬉しそうに微笑んだ。

 すごい、技術さえあれば何でも作れちゃうんだ……!

 わたしは高鳴る胸を押さえながら、椿さんに告げた。

「椿さん、このペンギン、ください!」

 椿さんは何かを慈しむように目を細めながら笑みを浮かべた。

「はい。ペンギンさんをよろしくお願いしますね」

「はいっ!」

 この時、わたしは決心を固めた。

 進学する為にちゃんと中学に通おう。

 ルピナス学園に入学する為に――――

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