第5話 編み物のコースター
一週間後、わたしはルピナス学園の学校説明会へ行った。
下調べによると、様々な分野で活躍する有名人を輩出している、制服も部活動もとことん自由な学校らしい。
スポーツ選手、クリエーターはもちろん、有名ユーチューバーまで卒業生にいるらしい。
期待と不安を抱えながら、わたしは大講堂で説明会を受けた。
説明の段階では下調べで知っている情報ばかりだった。
だけど部活動紹介になったら驚きの連続だった。
サッカー部や空手部などの運動部によるスゴ技の発表。
軽音楽部と合唱部のコラボ演奏。
コスプレダンス同好会のダンスパフォーマンスは特に盛り上がった。
他にも他校では聞いた事がない部活の動画紹介もあった。
ジェットコースター同好会とか、旅行部とか、ゲンシケンとか、ユーチューバー部とか。
嘘でしょって、思うくらい賑やかな学校だった。
思わず大笑いしてしまう事もあるくらいだ。
部活動紹介という名のプチ文化祭を満喫したわたしは食堂で涼みながら休憩した。
すると学生ボランティアの男子生徒がわたしの元へやって来た。
「お疲れ様でーす。楽しんでいますか?」
「はい……楽しかったです」
わたしは頷いたものの、少し気後れしてしまっていた。
個性的で何かに秀でている人たちが集まる学校だとは思わなかった。
わたし、何も秀でてないや。
不安に思っていると、男子生徒が微笑みかけた。
「ありがとうございまーす。まだ自由見学があるんで、楽しんで行ってくださいねー。良かったらジュースとお菓子、どうぞー」
男子生徒は満足げに、ジュースと綺麗に包装されたクッキーの袋を置いた。
わたしは袋の包装を丁寧に解いて、まずは茶葉が混ざったクッキーを手に取る。
シンプルなハート型だけど、手作り感満載で温かみがある。
一口齧ると、茶葉の風味が口の中に優しく広がって少し気分が落ち着いた。
「美味しい……」
「そのクッキー、クッキング部が全部作ったんですよー。文化祭でも人気なんですよー」
「えっ、このクッキー、全部手作りなんですか!? ものすごく大変なんじゃ……」
見学者全員分のクッキーを焼くと想像しただけで頭がふわふわする。
だけど男子生徒の表情はものすごく楽しげだった。
「皆、やりたくてやってるから苦にはなってないと思いますよー。ていうか、このクッキー配布を提案したのって他ならぬクッキング部ですし」
「そ、そうなんですか……」
すごいな……クッキーを焼くなんて、不器用過ぎるわたしには出来ない。
だけど手先の器用さ以上に、やりたい事がある事が羨ましかった。
わたしは今まで『なんとなく』で生きてきた。
打ち込めるほどのものに出会った事がなかった。
夢に満ち溢れている学校に、夢を持たないわたしが通ってもいいのだろうか。
ふとそんな事を思ってしまった。
茶葉のクッキーを頬張り、紙コップを手にしてリンゴジュースを啜る。
するとわたしは『あるもの』に目が留まり、思わず手に取った。
「このコースター、布じゃないですよね? 編み物……?」
「あー、そのコースターですか? 手芸部のお手製ですよ。大量に編み過ぎたから使って欲しいって寄付されたんですって」
「ええ――っ!?」
確かにそこまで大きくないけど……編み物を大量生産って……!
とても信じられなかったけど、わたしは再びコースターを見つめた。
夏らしく涼しげな色合いの、正方形のコースターだった。
編み物はわたしの中でセーターとか、マフラーなどの冬のイメージだ。
まさかこんな爽やかなコースターが出来るなんて、思ってもみなかった。
素敵だな……。
こんな可愛いものが作れたら、すごいんだろうなー。
わたしはじーっとコースターを見つめていると、男子生徒が声をかけてきた。
「後で声をかけてくださればご案内しますよ」
「………! ありがとうございますっ!」
男性生徒の申し出に、わたしは満面の笑みで頷いた。
クッキーを食べて少し休むと、声をかけたら男子生徒は手芸部へ案内してくれた。
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