金の話

 数十分後。

 荷車に2人を乗せ、スラム街を進む。


 階段だけでなく、坂道を見つけておいてよかった。

 坂道から王都の上都市に戻り、荷車で運んでいく。


 運んでいる最中、奇異の目で見られているの感じた。

 どう見ても行商人には見えないもんな、俺。


 大きな布で2人の姿はカバーしているけど、これがめくれたらアウトだ。


 マニはともかく。

 衛兵の、しかも副長を縛り上げているなんて。


 俺はヒソヒソ声を気にしないように進み、衛兵の詰所へと辿り着いた。

 そこで、門番をしている衛兵に話しかける。


「えーっと、いつもサボってる衛兵を呼んでくれ」


 あやふやな伝達になってしまう。


 よく考えたら、あの若い衛兵の名前を知らなかった。

 名乗られた覚えもないしな。


 門番の衛兵は俺を訝しげに見たが、ひとまず、その衛兵を呼んでくれる様子だった。


 助かった。

 門前払いとか、積荷検めが1番面倒だったから。


「なに? またアンタ? 面倒事は勘弁してほしいけどね」


 若い衛兵は兜も被らず、頭をかきながら出てきた。

 どうやらサボり癖がある衛兵は、彼だけらしい。


「今日は違う。大事な用だ」


 俺は布を上げ、彼だけに見えるように副長をお披露目した。

 彼はさして驚くわけでもなく、「ふーん」と眺めている。


 それだけでこの衛兵が、普通の衛兵と違うことがわかる。

 彼自身もなにか思うところがあるのだろう。


「で?」

「副長が裏切り者だったんだ」

「証拠は?」

「それはコッチが証明してくれるさ。魔王軍幹部のマニ……その本体だ」

「なるほどねぇ。で、なんで2人とも顔面真っ赤なの?」

「調味料をちょっとこぼしちゃったみたいでね」

「なら、しょうがねぇな」


 衛兵は俺については深く聞いてこなかった。


 なにもかもわかっているのか。

 それとも、ただこの場で察しただけなのか。


 とりあえずこの2人を彼に預け、俺はギルドに戻ることにした。


 彼に任せれば大丈夫、なはずだ。

 これまでの言動がそれを保証している。






 ギルドに戻ると、お祭り騒ぎかと思っていたのだが。

 やけに静かで、手前のテーブルに3人が固まっていた。


「どうしたんだ? マニ討伐は報告したんだろ?」

「したんですけど……」

「今、精査中だって。大物だからチェックが長いらしいよ」

「なるほど。それでエレナンは突っ伏してるのか」

「いや、これはもう疲労で寝てるだけ」


 どうやら限界だったらしい。

 最大魔術だけあって、起きている気力すらないのだろう。


 結局、夜まで待たされることになった。

 時刻は18時をとうに回り、ギルド内の酒飲みが活発化してくる。


 イファルナにはエレナンを連れて宿屋に戻ってもらった。

 ウルルと俺だけがギルド内に残っている。


「そういえば、ウルルさぁ」


 雑談も尽きた頃、俺はひとつ確かめたいことがあった。


「俺が『守ってやる』的なこと言ったの、覚えてる?」

「え? はい。あれですよね。ゴブリン退治の時……細かいことは忘れちゃいましたけど、嬉しかったです」


 ウルルは恥ずかしそうに俯いた。

 いや、こんなこと訊いている俺の方が恥ずかしいんだけど。


 やっぱりウルルは覚えていた。

 しかも、辻褄が合うように記憶の方も改竄されている。


 ロードっていうのは、完全なデータロードじゃないのだろうか。

 それともフリジアの設定ミスかなにかか?


 後者の方が可能性高そうだな。


「リヒトさん。ちょっとこちらへ」

「はい? え、俺!?」


 受付の女性に呼ばれて、ウルルと共に向かう。

 なぜか神妙な顔を浮かべる彼女に、やや嫌な予感を抱いた。


「すいません。ちょっとリヒトさんだけで……」

「え、あ、ああ。わかりました」


 ウルルに待っててもらい、俺は奥の部屋へ通された。

 そこには見知らぬオジサンが座っており、受付の女性は持ち場へと戻る。


「まあ座れや」


 低い声で言われ、俺は素直に従った。

 コワモテすぎて反射的に《探知》を使ってしまったが、敵ではない。


 っていうか、ギルドの奥に敵がいたらさすがに困る。

 どうにもならない。


「オレは冒険者ギルドのギルドマスターだ。マスターで通じる」

「はぁ……俺はリヒトです」

「ああ、だろうな。で、お前さんには少々訊きてぇことがあってな」


 なんだろうか。

 特に違法なことはしてないと思うけど。


 あくまでもこの世界基準なら、という意味で。


「今しがた衛兵から連絡があった。お前さん、副長の内通をどうやって知った?」


 どうやって、か。

 ここは適当に答えたら、怪しまれて活動制限をかけられるかもしれない。


 前もって用意しておいた答えを、深呼吸してから吐き出す。


「……実は、聞いてしまっただけなんです」

「ほぅ? なにをだ?」

「衛兵に裏切り者がいたり、副長が度々ひとりでスラム街に消えるという噂を、です。俺はそれらを直線でつなげて、行動したまででした」

「それでマニの本体も見つけて捕えた、と?」

「はい。それだけです」


 ギルドマスターは感情の読み取れない目で俺を見る。

 歴戦の猛者というのは、こういう人のことを言うのだろう。


「そんなことしても、お前さんには一銭の得にもならねぇ。記憶を取り戻す為に、世界を旅したいんじゃなかったのか?」


 知っているのか。


 いや、ギルド内で喋っていたんだ。

 知っていてもおかしくないか。


 特に、こんな素性の知れない人間ヒューマンだ。

 元から警戒態勢だったのかもしれない。


 だから、俺は正直に話すことにした。


「それでも。見過ごすことはできません」


 副長の内通でも。

 マニの蛮行でもない。


 エレナンの決意を、だ。


 アイツがマニに――ゴーレムに勝てたのは、確かにロードした俺が小細工を弄したから。

 それは間違いない。


 だけど、それ以上に。

 あんな大魔術を見せられて、それがギミックひとつで無効化されるのを認めたくなかった。


 必ず突破口はある。

 どんなボスでも、やりようはあるんだ、と。


 死にゲーマーの血が言っていたし。

 何回か挫折しかけたこともあったけど。


 俺は俺のやりたいように事を運んだまでだ。

 そのことに、嘘偽りはない。


 「……わかった。なにか話せない事情があるんだろう。報酬はあの魔術師の嬢ちゃんに全部やる。本体の分も併せて、だ。それでいいんだな?」


「ええ。最初からそのつもりです。それと、このことはエレナンには……」


 ギルドマスターはかぶりを振った。


「わかってる。どっちにしたって、あのデク人形を打ち倒すほどの魔術だ。嬢ちゃんが功労者なことに変わりはねぇ」


「ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。


 あんまり公にされても困る。

 それで動きを制限されるのが一番厄介なのだ。


 俺にはたった15日――あと12日しかないのだから。


「だが、お前さん。旅ができないままじゃねぇのか? それとも嬢ちゃんから金借りるのかい?」


「そうなるでしょうね……」


 エレナンに報奨金の全てが行く。

 となれば、俺は返せないアテの借金をエレナンにすることになるだろう。


 15日が過ぎて、もし世界を救えた後。

 エレナンは怒り心頭で俺を探すかもしれないな。


 まあ魔王軍幹部の報奨金からすれば、はした金だろう。

 エレナンの心の大きさに期待することにした。


「……ったく。テメェでやったことは、ちゃんと請求していいんだぜ? 副長の方だが、国から報奨金が出るってよ」


「え、そんなことが……?」


 驚いていると、ギルドマスターは静かに頷く。


「ギルドの依頼じゃねぇから、ウチからは一銭も出せねぇし、ギルドランクも上げられねぇ。だが、国から出た分はお前さんに全部やる」


「ぜ、全部!? それって……」


「預かり金に計上しとくから、額見てひっくり返れ。これで金には困らねぇだろ」


 二カッと笑うギルドマスター。

 俺はなんだか気が抜けて、力無く笑うのだった。

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