捕縛
「あの野郎。腐っても衛兵隊の副長まで上り詰めてるだけはあるってことか」
スラム街でドタバタしてたら副長に気づかれる、ってことか。
それに勢いでマニを捕えたけど、どこに閉じ込めるかも決めてなかった。
いや、スラム街にいるんだからあそこがあるのか、とひとつだけ思いつく。
現代みたいに警察が進入禁止しているわけでもないだろうし、大丈夫だろう。
問題は副長か。
正面から行けば敗北は必至だ。
かといってバックスタブで赤い点を突けば、殺してしまう。
二人とも捕縛して、平原のゴーレムを倒した後に突き出さなくてはならない。
方法としては、難しいだろう。
特に副長の方をどうするか考えておかなくては。
だが、新しい殺され方をしたことで、久しぶりに精神が燃え上がっていた。
ここから進めれば、また新しい道が拓かれる、と。
「おい、フリジア。なんで寝てるんだ?」
俺は床に寝っ転がったままのフリジアを見る。
彼女はそっぽを向きながら、手を振ってきた。
「今、確かめてるのよ。こうして世界に語りかけないと、ロードの不備だなんて。本当に困っちゃうんだから」
そうなのか。
そうやって確かめるのか。
俺から見ると、ふて寝しているようにしか見えないけど。
女神の沽券に関わることだから、ちゃんとやってると信じたい。
フリジアは邪魔しちゃ悪いから、このままにしておくとして。
俺は新たに副長対策を考えるのだった。
◇
鎧というのは、隙間がある。
それは現代のアニメや漫画に触れている者からすれば、常識に近い。
フリジアがそれらを元に作ったこの世界も、例外ではなかった。
甲冑の関節部にはハッキリと隙間がある。
だから、俺は。
ボウガンを使うことにした。
何度か失敗したり、マニに逃げられたりしたが。
諦めるわけにはいかない。
まず、手順はこうだ。
スラム街にて、マニと副長が別れた後。
無防備な副長の膝裏をボウガンで射抜く。
膝裏なら、鎧の隙間から足を止められるからだ。
幸い、尾行にはそこまで気づかれない。
できるだけ接近して狙いを付ける。
「……そこだっ!」
口の中で叫び、タイミングを合わせる。
飛翔した矢は狙い通り進み、
「ぐおっ!?」
副長は驚きと困惑で足を止めた。
そこへ駆け寄り、もう一方の足へナイフを刺す。
鈍く、嫌な感触が手に伝わる。
モンスターならともかく、ヒトを傷つけるのは快いものじゃない。
だが、やらなきゃならない。
両足を封じられ、副長は膝を突く。
その背中を蹴り倒し、足をワイヤーでぐるぐる巻きにした。
フリジアの銀の紐はひとつしかない。
2人を拘束するには、結局ワイヤーが必要になった。
「こ、この……!」
剣を取ろうとすると腕を蹴り、両手を縛る。
うつ伏せのまま、目元と口元を布で縛って終わりだ。
あとは足のワイヤーを持ち、引っ張るだけなのだが。
「重っ……」
やはりダメか。
当初よりワイヤーを短くしたのだが、これでも運べないらしい。
鎧が想定以上に重いのだ。
だが、ここでモタモタしてたらマニにスラム街を出られてしまう。
仕方なく、副長はその辺にあるゴミや瓦礫を被せてその場に放置。
急ぎ、マニの進行方向に待ち伏せする。
スラム街の住人を装ってうずくまり、通り過ぎた後。
「動くな」
と、ナイフを首元に突き付けた。
背中でもいいのだが、この方が抵抗しない。
視覚的に恐ろしいからだろう。
マニから聞き出すことはもうなく、そのまま拘束して引っ張る。
こっちは小柄だし鎧もないので軽いのだ。
持ってきたのは、ボルダンの屋敷。
そこの一角にある倉庫。
たくさんある檻は全て無人と化していた。
衛兵たちが、捕らえられていた子どもたちを救出したのだろう。
俺はその檻のひとつにマニを突っ込む。
以前やったように、檻を壁際に向け、檻自体を開かなくさせた。
魔術かなにかで脱出されないか、不安ではある。
だが、目元も口元も覆っているのでなにもできないはずだ。
特に口を覆っているから詠唱ができず、魔術は発動できないだろう。
同じようにして、副長を回収するのだが。
いかんせん鎧が重い。
俺はワイヤーを腰に巻き付け、時間をかけて運ぶことにした。
これを運ぶような仕組みは、今の素材と時間ではなにも作れそうにない。
やや時間がかかったが、マニと同じように檻に詰め込むことができた。
身体が入らなくて、半分出てしまっている。
だがそれも、下半身をまた別の檻に入れることで解決だ。
これで二度と自由には動けない。
あとは。
ゴーレムを倒して、コイツらをちゃんとした衛兵にひきわたすだけだが。
どちらも方法には心当たりがある。
ひとまず、2人をここに置き去りにし、ギルドへと向かうのだった。
場所は城壁の上。
エレナンは今までと同じように魔力を溜めている。
今回は、以前と違う。
マニのゴーレムが動かないのだ。
じっと座り、こちらを睨んでいるようにも見える。
だが、その実で動けないことを俺は知っていた。
マニが指定した時刻より、やや早い時間。
どうせエレナンの魔力で気づかれると言い、準備を早めたのだ。
ただ、あまりにも早い時間を提案すれば、エレナンや周囲の人間から「不意打ちなんて卑怯者だ」と罵られる可能性がある。
信頼を失うのは一番痛手だ。それぐらいわかる。
だからこそ、数分なのだ。
エレナンが魔術の準備を終え、ようやくゴーレムが宣言した時間の数分前。
それでもゴーレムが反応しない。
エレナンは困った様子で、詠唱完了した魔術を待機していた。
「う、動かないよ……?」
「妙だな。オイ、マニ!! お前が指定した時間だぞ!! このまま動かないなら、先に撃つけどいいな!?」
しかし、当然ゴーレムは動かない。
だが宣言はした。
これで正義はこちらにある。
「動かない奴が悪い。エレナン、撃ってくれ」
「わかった。どっちにしろ、もう制御も限界だし……!!」
エレナンは大きく息を吸って、杖を振りかざす。
「《ケラウノス・パニッシュメント》!!!!!」
世界を裂く轟雷がゴーレムに落ちた。
城壁の上まで振動が伝わり、肌はビリビリと震えだす。
平原にはクレーターができあがった。
焼け焦げた臭いがこっちまで漂ってくる。
ここから見る限り、今度こそゴーレムは焼かれていた。
真っ黒焦げになって原型を留めていない。
四肢もバラバラで、ほとんど消滅していた。
そこになにかがいたという形跡だけが残り、あとにはクレーターだけが存在している。
「あれなら、大丈夫だろう」
俺は小声で安堵の吐息を漏らした。
今まであのゴーレムは、エレナンの魔術を受けても平気なままだったのだから。
いや。今までも一応、倒れていた。
だが恐らく、衝撃で倒れたのであってノーダメージだったのだろう。
それが今や見るも無惨な状況。
これは、文句なしにエレナンの勝ちだ。
「やったな。凄いじゃねぇか!!」
かがみ込んだエレナンの肩をバシッと叩く。
エレナンは疲れたのか、力なく笑った。
「や、やった……! 通じたんだね……! 魔王軍幹部に……!」
「ああ! お前は最高の魔術師だ!」
俺の言葉にエレナンはにこりと笑い、壁に身体を預けた。
さすがに疲れたのだろう。
「イファルナ、エレナンを頼む」
「え、ええ……いいけど。どこ行くの?」
「ちょっと野暮用。あ、ウルルはギルドへの報告頼んだ」
「え!? あ、はい!!」
俺はパーティメンバーを残し、スラム街へと向かった。
倉庫を確認し、2人とも大人しくしているのを確認する。
俺が近づけば暴れ出すだろうか。
その前に、ちょっと運ぶ手立てを見繕っておこう。
ボルダンの屋敷を探し回り、空の荷車を発見した。
これに乗せれば、運搬がかなり楽になる。
だが、2人を荷車に乗せる前に。
俺は積もりに積もった恨みを晴らすことにした。
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