ロードの残滓

「だ、大丈夫でしたか……!? なにかされたりとか!」


 ギルドの表に戻ると、ウルルが迫るように近寄ってきた。

 顔が近い。パーソナルスペースが狭すぎる。


「なんだよ、なにかって。記憶喪失の情報を頼んでたんだけど、なにもないって話をされただけだよ」


 真っ赤な嘘だ。

 それでもウルルは安心したように微笑んでくれる。


「よ、よかったぁ……。もしリヒトさんが捕まったりしたらどうしようって……」

「なんで俺が捕まるんだよ」


「え? だ、だって……たまにふらっといなくなりますよね? だから怪しいことしてたらどうしようかって、イファルナさんと話したりするんです」


「そんな話してたの!?」


「それで毎回イファルナさんが『もしそうなら、さっさと切っちゃいましょ』って笑顔で言うんですよ」

「んんーーー!! 言いそうーーー!!」


 面倒事を嫌う彼女なら、間違いなく言うだろう。

 だからこそ、魔王討伐のことも、《神器》探しのことも伏せているんだし。


「わ、わたしはそんなことしませんよ!?」

「大丈夫、わかってるから……」


 ウルルに告げていないのは、単純にビビっていなくなりそうだからだ。

 イファルナの冷静かつシビアな考えを痛感しながら、俺は次の目的を提案する。


「エレナンが報酬をもらったら、別の国に行こうと思う」

「別の国、ですかぁ。いいと思いま……あっ! 鳥人族ガルーダの国だけはやめてくださいね!」

「……なんでだ?」

「あっ、えっと、その、ちょっとまだ成長途中なので……」


 ウルルはわかりやすいぐらい視線をぐるぐると泳がせている。

 そういえば、武者修行中って言ってた気がするな。

 

 となると、魚人族フィッシャーか、狼人族ウルフェンの二択だな。

 近い方に行けばいいか。


 そう思っていたのだが。







「あたしは無理よ!!」

「わ、私も、ちょっと里帰りには早いかなって……」


 イファルナとエレナンにも拒否されてしまった。


「……なんで?」

 

 誰も自分の国に帰りたがらないのだ。


 今はエレナンが報酬を受け取って、その一部を冒険者に振る舞い、みんな好き勝手に騒いでる途中。


 タイミング的には浮かれてて、一番いい時だと思ったのだが。

 行きたくないなら仕方ない。


「そうか。なら、解散するか」

「えっ! ちょっと!?」

「決断が早すぎませんか!?」

「ま、待って待って!」

「なんだよ!? みんな別にこのパーティじゃなきゃいけないことないだろ?」


 追いすがるように集合する3人を振り払う。

 距離が近い。やめろ。緊張するだろ。


「それは、その、そうなんだけどー。チャネを助けてもらった恩もあるしー」

「ほら、私だって……誰もパーティ組んでくれないし」


 イファルナはもみあげをくるくると回し、エレナンも耳たぶを触っている。

 エレナンの耳はやっぱり、人間と同じ方なんだろうか。


「わ、わたしは、リヒトさんが一番落ち着くので……!」


 そういえばそんなことも言ってたなぁ。


「でも、いつか鳥人族ガルーダの国にも行くんだぞ?」

「う……で、でもすぐじゃなければ!!」


 ウルルの瞳に必死さを感じる。


「……わかったわ。じゃあ、じゃんけんをしましょう」

「そうしよ。ウルルだけズルい」


 ズルいんだ。

 よくわかんないけど。


「わ、わかりました。そこまで言うのなら」


 なんでウルルもそんな決意固めてんの?


「いくわよ……じゃーんけーん!!!」






「なんだ、まあそう気を落とすなよ」

「ううっ……結局、わたしが一番最初なんですね」


 勝利したイファルナとエレナンは宴会に戻り、ウルルだけが俺の隣で泣き上戸のように飲んでいた。


 この世界では成人が15歳らしく、エレナン以外は飲める年齢だ。

 

 俺は念の為、飲まずにいよう。

 現実に戻った時、クセになってると大変だ。


「で? なんで帰りたくなかったんだ?」


 どうせ帰れば露見するのだ。

 今、言ったところで構わないだろう。

 

 ウルルもそれは理解しているのか、ため息を吐いて答えた。


「実はですね……わたし、戦争から逃げてきたんです」





 ◇





「え、なんで死んだんだ?」


 ウルルから自分は脱走兵である、という話を聞いた後。

 宴会の雰囲気だけを楽しんで、そこそこで帰ったというのに。


 目覚めた時は、ロード空間だった。


 目の前にはフリジアがいて、不機嫌そうな顔で腕を組んでいる。


「お久しぶりです。楽しそうだったわね」

「……そんなに久しぶりだったか?」


 前回死んだのも、半日前とかだった気がするけど。


「じゃなくて、なんで死んだんだよ?」

「私が呼んだから!!」

「お前が呼ぶと、俺死ぬの?」

「よ、呼んだだけだから、一応死んではいないわ」

「でも死んだと一緒じゃん?」


 フリジアはちょっとだけ顔を背け。


「そんなことよりねぇ!」


 開き直りやがった。

 ここに来てる時点で死んだと同義なのに。


 っていうか。

 コイツが呼べるなら、今までも俺が自主的に死ぬ必要なかったよね?


「この方法はすごく疲れるのよ。じゃなくて、あの、なんだっけ……鳥人族ガルーダの娘が言ってたことわかったわよ」

「ウルルな。名前ぐらい覚えろ」

「女神だからいいの!」


 変な威張り方をするフリジア。


「ほら、前にあったでしょ? ロード前のことを覚えてるって」

「そういやそんなこともあったな」


 マニやら副長やらのやり直しで、ほとんど忘れてしまっていた。

 いや、厳密には宴会の雰囲気で浮かれていたから、だけど。


「なぜかウルルが、ロード前の俺のセリフを覚えていて、なおかつ辻褄も合わせられていた、ってやつだろ?」

「なんでそんな説明口調なの?」


 俺自身が忘れかけていたからとは言えない。

 フリジアも頑張って解明してくれただろうしな。


「で、どういうことだったんだ?」

「簡単に言うと、ロード前の記憶っていうよりも、感情が保持されるみたい」

「それって……いいことも悪いことも、か?」


 フリジアはこくりと頷く。


「でも、一回ぐらいじゃ残らないわ。何回も、何十回も繰り返すと、ロード前で強く残った感情、行動が徐々に残っていく……的な?」


 いや、訊かれてもわからん。

 最後を断定しないのが、フリジアらしいっちゃらしいが。

 

「そういえば何回やったんだろ……ウルルとのボウガン特訓」


 思い出すのも難しい。

 その度に、ループを壊さないように同じ言動を取っていたから。


 後半なんかおざなりだった気もするけど。

 ウルルが覚えている、ってことはそうじゃなかったんだろう。


「ハッキリとセリフまで覚えていて、現実の記憶を変更してしまう。っていうレベルは、さすがに何百回と繰り返さなきゃいけないけれどね」


 フリジアは難しい顔で腕を組んでいる。


 面倒ではあるが、これを利用することで無限に好感度を上げることができるか、と考える。


 だがロードの手段の不便さと、どこまで現実との辻褄合わせが起きてくれるのかわからなくてやめた。


 その検証の為に、また何百回も死ぬのはハッキリ言って嫌だ。

 死ぬと心が……いや、俺という存在がすり減っていく。


 まだ4日目のはずだが、俺は随分年をとったような気がしていた。


 そんなことを考えていると、難しい顔のままフリジアが呟く。


「……力が不完全なのよね。15日戻せただけでも上出来だったんだもの」

「やっぱりギリギリなのかよ! 《神器》に触れたら力が戻るってのは?」

「あれは貴方にあげられる力が戻るだけ。私自身の本当の力は、魔神を倒さなきゃ無理ね」


 そういうことだったのか。


 《神器》に触れればフリジアの力も戻って、もしかしたら魔神討伐はしなくていいかと思っていたけど。

 上手くはいかないってことだな。


「で、記憶改竄の謎がわかったのはいいんだけどよ。これ、戻ったら、いつだ?」

「目覚めたら朝よ。今回は緊急だったから呼んだだけ。リヒトも全然死なないし」

「俺が死ぬのを心待ちにするな」

「だってだってー!! この空間でひとりってー!!」

「ああ、クソッ! 再発しやがった!!」


 タックルのような抱きつきを受け止めて、彼女の顔を押し戻す。

 フリジアの駄々っ子攻撃を受けながら、今後の旅程を考えることにした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここで第一章は終了となります。

お読みいただきありがとうございました。



(リアルタイム読者の方へ)

続きは第二章部分が書き終えてからとなりますので、結構間が空くと思います。

ご了承ください。

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