反撃
「ぐおおおおおおおおおお!!!!!」
オークの咆哮が響く。
俺を振り払おうと槍を落とし、腕を振るうオークだが今回こそは離れてやらない。
ナイフを更に強く押し込む。
肉を裂く感触が掌に伝わってくる。
突如、オークは力を失い、砂漠へと倒れ込んだ。
背中にいた俺はナイフを引き抜いて、オークを見下ろす。
首から大量の赤い血液が砂漠に流れ落ちていく。
ナイフもまた、同様に赤く輝いていた。
――倒した?
肩で呼吸しながら、今更に心臓がバクバクしているのを感じていた。
さっきの動き、もう一度やれと言われてもできそうにない。
ただ、無我夢中だったのだ。
「そうだ……イファルナは?」
ウルルさんは未だコボルトを引きつけてくれていた。
泣き叫びながらもしっかりと仕事はしている。
岩場の方を見ると、
それと
「追い詰められた分、しっかりとお返ししてやる!」
「ファルゴ、援護するよ。エレナンはどうする?」
「最後に一発お見舞いします」
「ってもう詠唱してるじゃん。オッケー。半分くらいは残しとく」
2人は駆け出し、少女は杖を構えて目を閉じた。
ウルルさんを追っていたコボルトたちは、2人の乱入に混乱する。
わちゃわちゃと動きが乱れ、2人はそれぞれコボルトを蹴散らしていった。
ちゃんとした冒険者にとっては、コボルトなど雑魚同然なのだろう。
「みなさん、離れてください!」
後方にいた少女が叫ぶ。
それと同時に2人は離れ、コボルト数体だけがキレイに残されていた。
「《ウィンドスラッシュ》!!」
少女が叫ぶと、コボルトたちは宙空に現れた緑色の刃に斬り裂かれていく。
風の刃だろうか。鋭い風斬り音がこちらにまで届いた。
一瞬の後。
コボルトは全滅し、あっけなく戦闘は終了した。
「いや、本当に助かったよ。リヒトくん」
「もういいですって!」
王都へ戻る馬車の中。
ファルゴさんは深々と頭を下げた。
しかし、このやり取りも何度目かわからない。
砂漠から戻る道すがらでも、ファルゴさんは頻繁にお礼を言っていたのだ。
故に、俺はもう苦笑して受け答えするしかない。
「でも本当よ。命の恩人。それにそんな装備でオークを倒しちゃうなんて、手練なのね」
「いや、たまたまっていうか……」
他に会話ができる人物がいないから、会話のターゲットが俺に向いているのだ。
コミュ障にこんな役目を押し付けるな。
と思いながら、瀕死の彼女へ視線を向けた。
イファルナは残った水を全部ファルゴさんにあげたらしい。
干からびる直前みたいな顔で、馬車内に横たわっていた。
今は手厚い看護中。
ウルルさんが羽で扇ぎ、
ただ魔術の水は自然の水とは違って、魔力同士が反発するから浸透しにくいのだとか。
それでも無いよりはマシ、とエレナンは使い続けている。
「しかし、イファルナが王都にいるとは嬉しい誤算だったな」
俺が彼女に目を向けたからか、ファルゴさんはそんなことを言った。
「そうなんですか? 王都にいる父の下に来たって言ってたので……」
連絡のひとつぐらいはしていたのかと思っていた。
「ふむ。なら、なにかあったのかもな。ひとまず回復を待つしかないが」
腕を組むファルゴさんに、女性が声をかける。
「ファルゴ。だから、たまには里帰りしろって言ってるんだよ」
「しかし、俺は出稼ぎの身だからな。できる限り、多くの仕送りをするぐらいしか、親としての責務は果たせん」
「これだよ。それで自慢の娘さんが不安になったんじゃないの?」
「うぅむ……」
どうやら家庭環境にも、色々あるらしい。
部外者が深入りするようなことでもないだろう。
「それで。君は娘とどういう関係だね?」
仕切り直すようにファルゴさんが尋ねてくる。
だが、この空気感。
なぜかわからないが緊張する感じ。
もしかして、恋人かなにかだと疑われているのだろうか。
命の恩人でも、娘の想い人なら容赦なく冷たくする。
それが娘を持つ父親というものだと思ってはいるが、なにも今じゃなくても。
「パーティ仲間というか、えっと、俺もイファルナ、さんに助けられた者でして」
どうしてそういう関係じゃないのに、必要以上に緊張しているんだ。
なんか言い訳してるみたいで、挙動不審になってしまう。
「そうか。まあ、娘が決めたことならいいんだが……しっかりしてるようでズボラだからな」
「? ズボラ?」
今のところ、イファルナにそういった感想を抱いたことはない。
むしろチャネのこともあるし、しっかりした女性というイメージだ。
「外面がいいと言うのかな。猫をかぶっているというか……いや、いずれ見るかもしれないし。見ないかもしれないが、とにかく」
「……父さん……余計なこと、言わないで……」
掠れるようなイファルナの声が届く。
さすがに自分のことを話されるのは嫌なようだった。
しかも、父親だもんな。
訳知り顔で話されたくはないだろう。
「すまない。そうだ。王都に着いたら、リヒトくんには謝礼を渡さなくてはな」
「えっ!? でも助けに行こうって言ったのもイファルナ、さんですし」
「いいのいいの。さっきも言ったけど、命の恩人なんだから。遠慮しないで受け取んなさい」
女性にバシッと背中を叩かれた。少し痛い。
俺も「それなら」と受け取ることにした。
まぐれとはいえ、オークを倒したんだ。
正当な報酬としても文句は言われない、だろう。
ちなみに、倒したコボルトやオークなんかの素材はギルドが回収してくれるらしい。
倒した時点でギルドカードから報告が行き、世界各地にいる回収班が出動する。
クエストとして出ていれば、そのクエスト分として納品できるし。
そうでなくとも素材として売却できるので、モンスターを倒すのは無駄ではない、とのこと。
とはいえ、必要以上に狩れば「生態系を壊すからやめろ」とギルドに警告されるのは当然だ。
更に供給過多となれば市場価格も落ち込み、経済活動にも影響が出てしまう。
冒険者側にもマナーが必要なのだ。
「ところで。ずっと気になっていたんだが、その仮面は防具かい?」
「ああ、これは……」
話題が尽きたのか、俺の仮面へと言及するファルゴさん。
俺は記憶喪失のことを織り交ぜながら、ここまでの経緯を説明することにした。
数時間後、王都へと到着する。
移動時間が長いので、既に時刻は夕方に差し掛かっていた。
ギルドに戻って、諸々の報告を終えた後。
「私は父さんと話があるから」
水を飲んだり浴びたりして元気になったイファルナ。
彼女はファルゴさんとチャネを連れて、街中へ消えていく。
親子水入らずで、と思ったけどチャネもいるし。
いや、
ファルゴさんのパーティも散ってしまった。
後に残ったのは、ファルゴさんのパーティからもらった謝礼金と。
「ウルルさんは、どうするんですか?」
自信なさげに俺の後ろで佇む女性。
彼女は俺が振り向いただけで。
「ひぃっ! すいません!」
「……いや。どうするのか訊いてるだけなんで」
「あっ、そうですよね。すいません」
急な動きには、驚いてしまうらしかった。
しかし、謝るのが癖なんだろうか。語尾みたいになっている。
俺より身長も高いし、身体も、その、色々と立派なのに。
縮こまるようにしているから余計に目立つ。
明らかに、マスクとして着けているくちばしも謎だし。
いや、それ言ったら俺の仮面もなんだけどさ。
「っていうか。そもそも、どうして砂漠を飛んでたんですか?」
「あっ、えっ、わたし、その武者修行というか、冒険者として世界を旅してるんですけど」
あの弓矢の腕前でなにができるんだろうか。
ひとりでゴブリンも倒せなさそうだけど。
「その、そろそろ一人旅も寂しいし、パーティ組みたいなぁって思ってて……」
「えっと、つまり?」
「つまり、その……すぅー、ふぅー」
ウルルさんは大きく深呼吸を繰り返す。
過呼吸になるんじゃないかと思えるほどだ。
「わ、わたしをパーティに入れてください! あっごめんなさいダメですよねこんな使えない奴なんておこがましいですよねすいません忘れてください!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます