情報収集

 彼女の高速謝罪の間に考える。

 弓矢の腕前はたしかに論外だが、今日のように囮として活きることはあるはずだ。


 それに、鳥人族ガルーダの移動力は魅力だ。

 今回のようにギルドに助けを求めることもできるし、なにより。


「俺は記憶喪失ですけど、それでもよければ」


 彼女には既に事情を説明している。

 馬車の中で、彼女も確かに聞いていた。


 もう一度、新しいヒトを探して説明して、というのは非常に面倒だし。

 そもそもパーティに加わってくれるヒトが見つかるかどうかもわからない。


 時間は限られている。

 パーティメンバーを増やせるチャンスを無駄にすべきじゃない。


 それに、もう協力した仲だしな。

 半ば脅迫だったけど。彼女が遺恨を残さないなら、それもいいだろう。


「ごめんなさいやっぱり……って、ええっ!? いいんですかぁ!?」

「なんで、自分で驚いてるんですか……」

「だ、だってだって! 今日だってほとんど役に立ってないのに!」


 ああ、これは。

 自己評価が低いタイプなのだろうか。


「大丈夫ですよ。囮として十分、いえ十二分に働いてくれましたから」

「ほ、本当ですかぁ!? う、ううっ……泣きそう」


 ここで泣かないでくれ。

 俺が悪者みたいじゃないか。


 ほら、ウルルさんが大声を上げたものだから。

 通りの人間がちらちらとこちらを見てくる。


「あ、で、でも……その、わたし、弓が、その……」

「当たらないんですよね?」

「知ってるんですか!?」

「いや、どう見ても弓壊れてないじゃないですか。なのに弓を使いたがらないから、多分と思って」


 あらかじめ考えておいた言い訳をする。

 ウルルさんは、感心したように何度か頷いた。


「よくわかりましたね。記憶ないのに」

「……意外と言うべきことは言いますね」

「あっ、すいませんすいません! 見捨てないでください!!」


 あまりの懇願にフリジアを思い出す。

 ここまでされると、今更見捨てるのは鬼畜すぎるだろ。


「あら、痴情のもつれかしら……?」

「あんな美人を……? 嘘でしょ……?」


 周囲からも、ひそひそ声で俺を責めるような言葉が聞こえる。

 違うんです。俺はなにもしてないんです。


「実は……ひとりだと平気なんですけどね。誰かに見られていると、全然当たらなくて」


 あがり症なのだろうか。


 試験の時、背後に教師が見回りに来ると頭が回らなくなるのに近い気がする。

 別にカンニングはしてないし、難しい問題でもないんだけどな。


「まあ、それならそれで働きようはあると思いますよ」


 俺がフォローを入れると、ウルルさんは涙ぐんで目元を拭った。


「うぅ、ありがとうございます……。それに、なんでですかね。リヒトさんは、喋っててそこまで緊張しないんです」

「これで?」

「これで」


 ウルルさんは頷く。


 恐らくは、この仮面のおかげだろう。

 フリジアも、敵意を感じさせないとか言ってたし。


 ただ、そんな俺相手でこんなに騒がしいのだ。

 普通のヒト相手なら、どれだけ謝罪の嵐なのだろうか。


「と、とにかく。これからよろしくおねがいしますね」

「は、はいっ! ううっ、わたしにも仲間が……」


 もしかしてコイツ、ボッチか?

 地球での俺を思い出すよ。


 変にウルルさんに仲間意識が芽生えてしまうじゃないか。


「じゃあウルルって呼んでいいか?」

「ええっ!? い、いきなりですね……だ、大丈夫です! ちょっと慣れるまで時間かかるかもしれませんけど……」


 そりゃそうなるか。

 俺だってイファルナに言われた時はそんな感じだったよ。


「ウルルも、呼び捨てとかタメ口でいいからな」

「……そ、そんな気さくに喋れるのは両親だけですよ」


 地球での俺と同じだ。

 俺の場合、そこに妹が加わるぐらいか。


 ウルルに共感しつつ、本日のところは解散する。

 昨日と同じ宿が取れたし、ウルルもそこに泊まることになった。


 冒険者としてそこそこなのか、ウルルの懐は心配する必要ないらしい。

 主にモンスター討伐で生計を立てているとか。


 本当に、ひとりだと弓矢が当たるようだった。

 モンスターは視線としてカウントしないのだろう。


 俺は俺の方で、懐が暖まっている。

 今日もらった謝礼のおかげでイファルナに頼ることもない。


 王都で1日過ごしてわかったけど、ファルゴさんたちがくれた謝礼は結構多い。

 普通に生きるだけなら、15日間あっても底を尽くことはないだろう。


 昨日のように公衆浴場でサッパリしてから、俺は一度宿に戻った。

 イファルナが戻ってきている気配はない。

 

 となれば。

 このタイミングで《神器》や《英雄》について情報収集しておくべきだ。


 ――の前に。

 

 部屋で時刻を確認すると、ちょうど18時過ぎ。

 約束を履行する為に、奥歯の丸薬を思いっきり噛み砕いた。





 ◇






「約束通り来たわね!」

「来たけど……なにかあったか?」

「なにもないわ!」

「そっか……じゃあ戻るから」

「待って待って! それはそれで寂しいと思うの!」


 しがみついてくるフリジア。

 だが、こっちだっていちいち死んでいるのだ。


 丸薬を噛み砕くのは安楽死にも思えるだろうけど。

 痛みがないだけで、死への恐怖は変わらない。


 だから、できる限り死にたくないという思いは不変なのだが。

 きっとコイツはそれをわかってはくれないだろうな、という悲しい確信があった。


「フリジア。俺にはここに来る利点がないんだぜ?」

「出たわね、損得勘定! 私に会えるというこれ以上ない得があるのに、なにが不満なの!?」

「正直言うと、ここに来るだけで損なんだよ」

「ストレート過ぎるわ! もっとオブラートに包んで!!」


 オブラートに包めば、全てが解決できるという話ではないと思うが。

 

「じゃあ自殺用の丸薬みたいにさ。なにか役に立つものを作っておいてくれよ」

「役に立つもの? 私が作れて世界に干渉しない程度に効力が低いものでよければ」


 条件が厳しすぎるだろ。

 果たして、役に立つものが作られるのかどうかが不安になるな。


「それでいいよ。……あんまり期待してないから」

「聞こえたわよ! 絶対にリヒトが泣いて喜ぶようなもの作ってやるんだから! 見てなさい!!」


 そう言い切って、フリジアはなにやら座禅らしきポーズをとってしまった。

 あれがアイテム作成の姿勢なのだろうか。


 なんで座禅なんだよ。

 キレイな結跏趺坐けっかふざをするんじゃないよ。


 本当に女神かコイツ。

 毎回、疑ったり怪しんだりされるようなことをする奴である。











 ロード空間から戻り、宿屋の部屋で目覚める。

 そういえば言い忘れたけど、夜中はさすがに死ねないよな。


 まあ、さすがのフリジアでも「0時も死んで、戻ってきて!」なんてわがままは……。

 言わないよな? 不安になってきた。


 そう思っても、眠りながら死ねるわけがないのでどうしようもないのだが。

 

 俺は適当に金銭を持ち、ギルドへ向かうことにした。

 ちなみに大半のお金は冒険者ギルドに預けている。


 銀行、というよりも、本当に預かるだけらしい。

 ある程度の金額以上になると手数料や管理費がかかるとのこと。


 ギルドを訪れ、酒場となっている一角に向かう。

 まだ陽はあるというのに、既に酒盛りを始めている団体が目立つ。


 どこか適当な場所に潜り込み、情報を集めることにした。

 まさか本当に酒を飲むわけにはいかないので、それっぽい飲み物で擬態しながら。






 ――数時間後。


 来る奴、来る奴に訊いて回ったのだが、現在の《神器》の場所はわからないらしい。

 《英雄》が持っていっただの、軍が持っているだの。


 わかったのは、とにかく魔王軍との前線にあるらしいことだけ。

 今の俺がそんなところに行っても門前払いだろうし、モンスターに殺され続ける可能性も高い。


 となると、人間ヒューマンの《神器》はひとまず諦めるか。

 別種族の《神器》から始める必要がありそうだな。


「《神器》を探してるんですか?」

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