火事場

「さすがにあんな方法じゃ無理か」


 ロード空間で起き上がり、俺は反省会をする。

 今回のはちょっと安直すぎたな。


 だが、あの時点で他に方法がなかったのも確かだ。

 まさか、ウルルさんの矢があそこまで当たらないとは。


「ウルルさんは飛べるから、むしろ俺より囮向きか……? おい、フリジア。なに漫画読んでんだよ」

「ちょっとまって! 今いいところだから!」


 戻ってきた俺をないがしろにして、漫画に没頭するフリジア。

 そんな彼女を見て、頭に血が昇っていき。

 

 プツリと。

 血管の切れる音がした。


 俺はフリジアから漫画を取り上げ、


「あっなにすんにょはははははははははははは!!!」

「俺が文字通り死にものぐるいでやってんのに、お前はぁ!!」


 フリジアがぐったりするまで、くすぐってやった。

 しかも、読んでた漫画はギャグ漫画だし。なにがいいところなんだよ。


「で? どうして漫画読んでたんだ?」


 ボルダン屋敷攻略の時は、何百回ものコンティニューが当然だったからまだ許そう。


 だが、今は別にそういった状況ではない。

 少なくとも、何百回を前提とする絶望感はないはずだ。


 息も絶え絶えに寝っ転がるフリジア。

 だが、なんとか上体だけを起こす。


「だって、暇だったんだもん! 12時間なにも起きない世界の映像を眺め続ける私の気持ちがわかる!? めちゃくちゃ暇よ!?」

「それがお前の役目だろうが」


 なにを駄々こねてんだよ、コイツは。


「ずっとひとりよ! リヒトはいいわよね! ぐっすり寝て! 美味しいもの食べて! でも、今の私にはそんなこともできないの! 力がないからこの空間にいるしかない! リヒトが来ない時は無音の中でひとりなのよー!!」

「わかった! わかったからいちいちしがみつくな!!」


 フリジアを剥がそうとするが、全く剥がれない。

 せいぜい顔を離すぐらいで。なんでこんな力強いんだ。


「はいはい! じゃあオートセーブごとに死にゃあいんだろ!?」

「え、ほんとう!?」


 顔を輝かせるフリジア。

 こんな孤独にも耐えられない奴が、女神をやってちゃダメなんじゃないだろうか。


「ホントホント! だから、今回の対策を考えさせろ!」


 フリジアはご機嫌になって俺から離れた。

 どれだけ寂しかったんだよ。たった半日だろ。

 

 いやでも、と考える。


 俺はここに来る時、必ずフリジアがいるけど。

 コイツはずっとひとりなんだよな。


 真っ白い無音の空間。

 眠くもならなければ、お腹も空かない。

 

 生きている実感のない空間だ。

 時間が止まっているというのは、そういう意味なのかもしれない。


 だが、フリジアに構ってばかりもいられない状況だ。

 また生き返って、コボルトの群れとオークをどうにかしなきゃならないのだから。


 コボルトの集団は10匹はいただろうか。

 それを俺ひとりで囮になるのは、どだい無理ってもんだ。


 ウルルさんの方が機動力はある。

 だから、囮としては彼女が適任なんだけど。


 だが、あの性格をどうにかしなきゃな。

 明らかに引っ込み思案というか、自信なさげというか。


 それに、そうなると俺はオークを引きつけなきゃならないし。

 ウルルさんに敵は倒せないから、コボルトたちは回復したパーティ頼りになる。


 オーク。オークかぁ。

 ゲームなんかじゃザコ敵代表で、よくて中ボスくらいなんだけど。


 2メートルぐらいあったよな、背丈。

 横幅もデカイし。ショートソードで斬りつけても、どうにもならなそうだ。


 となると。

 不意打ちが候補に上がるのだが。


 辺りは砂漠だ。

 一撃目はともかく、二撃目以降が難しい。


 一太刀で確実に仕留めたいところ。

 そうでなきゃ死ぬだけだ。


 どっちにしろ死ぬ前提の作戦になる。

 命でも賭けなきゃ、格上の相手は倒せない。


「よし、行ってくる」

「行ってらっしゃい! ちゃんと帰ってきてね!」


 どんだけ寂しかったんだよ。

 女神、辞めた方がいいんじゃないか?


 俺は彼女の笑顔を見て、思わず不安になるのだった。






 ◇






「ウルルさん。弓の腕を見せてもらえないか?」


 同じ会話を終え、岩場が見えてくるまでの間。

 俺はそう切り出した。


 彼女は明らかに顔を引きつらせて、視線を逸らす。


「え、えっとですねぇー……あ! そうそう! この弓はちょっと壊れてまして……」


 そう来るのか。

 土壇場ならともかく、普段のテンションで見せるのは嫌なようだ。


 俺は「わかりました」と、納得したフリをして会話を切る。

 ウルルさんは明確にホッとした表情を浮かべた。


 そうして歩き続け、岩場が見える位置に到着する。

 イファルナが回復術を使える発言を受け、俺はウルルさんに向き直った。


「俺がオークを抑えます。ウルルさんはコボルトの囮を頼めますか?」

「わ、わたしがですかぁ!?」

「だって弓、壊れてるんでしょう? なら低空で飛んでもらって、コボルトを引きつけ……」

「むりむりむり! むりですよぉーーー!!」


 甲高い声で悲鳴を上げながら、激しく両手を振るウルルさん。

 だが、ここはやってもらわなくてはならない。


 俺は緊急事態だと、意を決して説得することにした。


「わかりました。ではここでウルルさんは見ていてください。貴女が引きつけなければ、俺は簡単に死にますから」

「え?」


 彼女はポカンと口を開け、俺はにこやかな笑顔を作った。


「大丈夫ですよ。ウルルさんにはなんの関係もないことだし、きっと一生ここで手助けしなかったことを後悔して生きるとは思いますけど、大丈夫です。あと俺も枕元に立つでしょうけど、大丈夫です。害はないと思いますから、大丈夫です。それでは」


「ちょ、ちょ、ちょっと! ちょっとまってください! その方が怖いですぅ!!! わかりました! やります! やりますから死なないでください!!」


 大丈夫の連呼ほど怖いものはない。

 というよりも、今のは完全に精神攻撃だけど。


「うぅ……ほとんど脅迫じゃないですかぁ」

「すいません。でもこっちも、自分と仲間と家族の命がかかっているのです」

「家族!? そ、そう言ってくださいよぉ!」

「言ったら普通に協力してくれました?」

「そ、そりゃあもちろん……」


 言葉尻が小さくなっていく。

 もしストレートに説得していたとしても、あと一押しが必要だったかもしれない。


「よし。じゃあウルルさんが引きつけたら、俺も出ます。イファルナはゆっくり近づいてくれ。俺がオークに一撃くわえるまで、近づきすぎないように」


 ただいま絶不調のイファルナが頷く。

 もう声も出せないほど乾いているようだった。


 俺は腰につけた水入りの瓶たちを彼女に渡す。

 父親用として持ってきたからか、イファルナは頑として浴びなかった。


「行きますよ? いいですね?」

「ダメって言っても、やらなきゃいけないですから……!」


 ウルルさんはウルルさんで、なにか覚悟を決めたらしい。

 追い込まれないと本気を出せないタイプだろうか。


 彼女は飛び立ち、コボルトの上空を旋回してから急降下して群れを乱す。

 低空飛行する彼女に向けて、コボルトはおいかけっこを始めた。


 オークもまたそちらを見ている。

 更に俺の靴は『盗賊』向けで移動速度が速く、なおかつ消音機能もわずかだが付いている。


 つまり。


「ここだっ!!」


 俺はオークの背中に飛びかかり、思いっきりショートソードを突き立てる。

 首までは届かないので、心臓の位置を狙ったのだ。


 このまま深く刺し込めばいけるか?

 と、背中に張り付いたまま右手に力を込めた。


 だが、俺は簡単に振り払われ、剣はオークの背中に刺さったままになる。

 振り向いたオークは怒りの形相で槍を構えていた。


 クソッ。

 心臓には届かなかったか。それとも位置がそもそも違ったか?


 どちらにせよ、ピンチであることに違いはなかった。


 しかし、後方をイファルナが歩いている。

 ここで逃亡コマンドは選択できない。


 俺が一撃くわえたことで、それを合図にイファルナの歩行速度は上がっただろう。 


 それでも走るほどじゃないはずだ。

 もっとオークを引きつけておく必要がある。


 血走った目でオークは槍を繰り出した。

 俺は大きく跳んで回避する。


 黒コートの剣閃に比べれば遅い。

 だけど、反撃をする余裕なんてなかった。


 転がって起き上がって、また転がって。

 砂漠の砂を巻き上げながら、俺はオークの槍をとにかく回避し続ける。


 攻撃手段がない今、俺にはこうやって時間を稼ぐしかない。

 だが引きこもりの俺に、そこまでの体力などあるわけがなく。


「はぁ、はぁっ……!」


 転がって起きたところへ、槍が振るわれた。

 もう一度跳ばなくては、と思っていても身体が動かない。


 ――だったら、一か八か。


 息を吐いた。

 死ぬ寸前の走馬灯。


 もう見飽きた時間の流れの中、俺は槍に合わせて左腕を差し出した。

 重たい衝撃が小手を纏った腕を襲う。

 

 しかし、全神経を集中させた弾き返しだ。

 そうやすやすと――。


「崩されちゃ困るんだよ!!」


 膝を立てながら槍を弾く。

 パリィだ。


 オークが完全に『殺った』と油断した瞬間。

 それなら俺のようなひ弱な奴でも、一点突破で反撃に転じられる。


 あのゆっくりな時間の中だからこそできる芸当。

 走馬灯を見慣れているから、それに惑わされず動くことができたのだ。


 オークは完全に体勢を崩している。

 弾かれた槍を振り上げ、上体は後方へと傾いていた。


 チャンス。

 懐からサブウェポンのナイフを取り出す。


 同時に、俺は足に力を入れた。

 駆け出し、振り上げ、オークの膝を踏み台にする。


 俺はオークの首に跳び付き、勢いそのままに背中側へと回り――。


「そこだっ!!」


 ナイフを首筋に全力で突き立てた。

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