ボルダン屋敷攻略・1

 あれから、何回だろう。

 多分。数百は死んだ。


 フリジアも最近ではどっかから持ってきた漫画を読んでたりする。

 せめて俺の動きを見て、反省会に付き合えや。


 相手が荒事に慣れてるゴロツキ達とはいえ、数百回も試行錯誤すれば光明が見えてきた。

 奴らの人数や動き方、誰が強くて、誰が倒しやすいのか等々。


 まず。最初に俺を殺した黒コートの男、あれが一番の手練だ。

 騒ぎを起こしてしまうとすぐさま駆けつけてきて、隠れても見つかってしまう。


 俺が気配を消せていないのだろう。方法もわからないし。

 だから原則として、騒ぎを起こすのはNGってことだ。


 つまり、またステルスが求められる。

 そうしてひとりずつ行動不能にしていくのだ。


 親玉であるボルダンは、何が起きても屋敷から出てこない。

 ずっと、最初に護衛達と騒いでいた部屋で酒を飲んでいるのだ。

 

 あれが雇い主としての余裕なのか。

 と思っていたのだが、そうではなくただの間抜けだった。


 奴がトイレに行った際、腰に着けた鍵を外す。

 その後、腰に戻す前に洗面台へ置くことを知ったからだ。


 この鍵こそが、子ども達を解放する最重要アイテムに他ならない。


 肌身離さず持っているものを、その時だけは無防備にする。

 しかも奴自身は大して強くなく、不意打ちが余裕で決まる相手だった。


 だが、それらも護衛がいない時の話。


 どちらにせよ。まずは護衛を剥がすことだ。

 その間に黒コートの男には見つからないようにするしかない。


 幸いなことに。

 騒ぎさえ起きていなければ、黒コートの男も隅々まで索敵はしないのだ。

 

 とはいえ、護衛の数が減れば警戒を強めるのも事実。

 そうなる前に決着をつけなくてはならない。


 結局のところ、俺に求められる行動はひとつ。

 黒コートの男を避けながらボルダンを捕縛し、イファルナさんの妹さんを助けることだ。


 ボルダンの身柄と鍵さえあれば、他の子どもたちは助けることができるだろう。

 俺ひとりでは、そもそもそんなに多くの子を連れて行くことはできないのだから。


 様々な注意点や流れを反復しながら、ロード空間から世界へと戻る。


 俺はまた素材の購入からやり直していた。

 しかし、試行錯誤の甲斐もあって、購入アイテムはかなりブラッシュアップされている。


 もう見飽きたスラム街の入り口。

 その辺りに落ちているレンガを拾い、散歩でもするかのように階段を降りていく。


 最初に訪れた時、俺が殺された場所。

 そこまで来たら同じようにかがみ込み、


「そらっ!」


 大振りを外して隙を晒したならず者に、レンガを投げつけた。


「ぐあっ!?」


 顔面に直撃し、大きくのけぞるならず者。

 そこへ追撃の激辛調味料をふりかける。


「ぎゃああああああ!!!」


 この叫び声も聞き飽きたレベルだ。

 激辛調味料がレンガによってできた傷口や、目の中に入るとさすがに耐えられないらしい。


 ここまでして、ようやくならず者は金棒を手から放す。

 レンガだけでも、調味料だけでも。コイツは金棒を手放さないのだ。


 だが、2つとも顔面に食らわせられればチャンス到来。

 男は顔を抑えて呻きながら、その場に立ち尽くすしかない。


 なので。

 俺は金棒を拾い上げ、男の脛に向けて全力でフルスイングを放った。


「ぐおおおおおお!?」


 金棒が足を砕く感触が手から伝わってくる。

 悶絶しながら地面に転がるならず者。

 

 倒れた男の、もう一方の足。


 まだ無事なままのそこに向けて、金棒を振り下ろした。

 今度は、骨の砕ける音が思いっきり響き渡る。


「あああああああああああ!!!」


 そこまでして、俺は重たい金棒を投げ捨てる。


 コイツを倒す時に、腕が疲れてしまうのが難点だ。

 金棒は両手で持つのが精一杯だからな。


 両足を砕かれ、動かなくなった男を尻目にボルダンの屋敷へと向かう。

 侵入は同じ経路だ。塀の隙間も、地面から生えた罠も変わらない。


 最初の時に聞いたドアの音。

 あれは黒コートの男が部屋から出ていく音だった。


 どうもその佇まいのせいか、それとも気質のせいか。

 黒コートの男は手腕こそ認められているが、他の護衛からは嫌われているようだった。


 ボルダンが奴の腕前を褒めるのも、他の奴からしたら気に食わないのかもしれない。

 分け前が減ってしまうとでも考えているのだろう。

 

 だが、俺はこれをチャンスと見た。


 黒コートの男を堂々と歩いて追う。

 隠れると怪しく思われて見つかってしまうが、普通にしていれば護衛の誰かだと思うのだろう。

 

 奴とて背後に目が付いているわけではないということだ。


 黒コートの男が書斎らしき部屋の巡回に入った時、俺はそっとドアを閉めて棚をその前に置く。

 要するにバリケードだ。


「おい! 誰だ!? こんなことをするのは!!」


 中からドンドンとドアが叩かれる。

 だが、ここで逃げてはいけない。奴の手には剣が握られているのだ。


「いひひっ! 前々からテメェは気に食わなかったんだよ! そこで反省してろや、ボケッ!」


 護衛の中のひとりの声真似をして、中へと話しかける。

 似ている声質の奴が、一番卑屈な性格をしていたのが微妙な心境だが。


「こんなことをしてボルダン様に……!」

「おっと! まさかドアや壁を壊して出ようなんて思うなよ? お前が屋敷内で大暴れしたとボルダンに伝えるからよ! 俺だけじゃねぇんだぜ? お前のことが疎ましいのは!!」


 こういっておかないと、無理やり剣で突破してくるのだ。

 そのまま殺されたので知っている。


 あと俺が真似してる奴は、ボルダンがいないところでボルダンに「様」付けをしないらしい。

 それでバレたこともあった。


「フン! わかったらそこで頭を冷やしとけや!!」


 最後に棚を蹴って、芝居は終わりだ。

 これで黒コートの男はここに封殺できる。


 この際、棚から分厚い本を一冊取っておくのも忘れずに。


 ここに辿り着くまでが長かったが、これは始まりにすぎない。

 本番はこれからだ。


 屋敷から出て、まずは倉庫に回り込む。


「すいません! 遅れまして!」

「ったく! お前の分の酒残しておかねぇからな!」

「そんなー!」


 耳にタコができるほどに聞いたやり取りの後、俺はすぐさま窓枠から倉庫内に侵入する。

 そのまま分厚い本を、見張りの後頭部へと振り下ろす。


「ガッ……!?」


 男は一撃で気絶する。

 何十回、いや何百回とやり直したので、どこをどう殴れば人が気絶するのか完全に理解していた。


 俺は男が持っていた剣で男の服を切り裂き、口と両手足を封じるのに使用する。

 これでもし目が覚めたとしても、コイツは何もできない。


 念の為、男を檻の中に閉じ込め、檻の方向を壁へと変えておく。

 鍵がないので、檻を封じれないのだ。


 その為に、檻が開ききらない程度の距離で壁に向けておく必要がある。

 完全に壁に密着させると、そのまま酸素不足で死にそうなので。


 檻を動かすのは、方向転換のみとはいえ非常に重労働である。

 しかし、安心の為なら易いものだ。


 あと、分厚い本はここに置いていかないようにしよう。

 まだまだ活躍の場があるので。


 そこまでの作業を終えてから、イファルナさんの妹を見て軽く頷く。

 彼女は不安そうな顔を崩さないが、それも仕方ない。


 ここで声を掛けるのも正直飽きた、というよりも疲れたのだ。

 全ては助けた後に説明すればいい。


 次はあの切れ者の男だ。巡回の為、こちらに向かってくる。

 恐らくだが、アイツが護衛のリーダーなのだろう。


 不意打ちでも返り討ちにされるほどの腕前だ。

 黒コートの男ほどではないが、戦闘になってしまえば太刀打ちできない。


 だから。

 戦わない。

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