ボルダン屋敷攻略・2
ここで、最初のならず者に使わなかったワイヤーが活きてくる。
屋敷から見て、倉庫に一番近いドア。
そこの足元にワイヤーを大きな輪っかにして置いておく。
できる限り、陽射しの影になった部分を通るようにワイヤーを伸ばす。
ワイヤーを目立たせない為だ。
そのままワイヤーを持ったまま、俺は倉庫横にある木を登る。
後は奴が出てくるのを待つだけ。
ガチャリというドアノブと共に、リーダーの男が出てくる。
そいつの足がワイヤーの輪っかへ侵入した瞬間、俺は木の枝から飛び降りた。
「うおおおっ!!?」
リーダーの男の足に、ワイヤーの輪っかが狭まって食い込む。
抵抗する暇もなく、男はそのまま地面を引きずられて来て。
哀れ。男は逆さ吊りの要領で木にぶら下げられてしまった。
この状況を作る為に、何度も何度もワイヤーの場所や長さを試行錯誤している。
失敗する度に殺されているのだ。
本当なら、激辛調味料を鼻から突っ込んでやりたいぐらいに憎らしい。
今はそれどころじゃないから、見逃してやるけど。
「くそっ! なんッ……!」
「喋るな。喋ったら殺す」
俺はワイヤーを木に括り付けながら、低い声で告げた。
それだけで生殺与奪を握られていると悟ったのか、リーダーの男は声を潜める。
賢い奴はこういう交渉が通じるから楽だ。
これがアホ相手だと、何を言っても騒いだりする。
「何モンだ、テメェ……!」
「喋ったら殺すといったはずだ」
「ハッ! 殺気がねぇんもがもがッ!!」
逆さ吊りの男の口へ、先ほど切り取った布の余りを背後からくわえさせた。
確かに。殺気だとか、気配だとか。
目に見えない能力は、どうにもならないようだった。
平和ボケして生きてきたんだ。
せめて誰かに教わらないと、習得は難しいだろうな。
だが、今どうにかできる問題ではないので後回しにしておこう。
その後は同じようにして、男の目元を塞ぐ。
俺の姿を見られるわけにはいかない。
もし成功した場合、逆襲とかが怖いからだ。
そのままぶらりと垂れ下がった両腕も、布の余りで拘束させてもらう。
布はもうこれで終わり。
なので、コイツの服も切り裂いて頂いておく。
コイツが持っていた剣も、木の裏側に隠しておこう。
ここまでされると諦めたのか、リーダーの男は抵抗の意思も見せなくなっていた。
終わるまで逆さ吊りのまま我慢してもらうが、同情の余地はない。
子ども達を奴隷として売っていたのだから。
俺は次に正門に向かった。
ここにはふたりの見張りがいるのだが、どちらも何も起きないと思っているのか、非常に気が抜けている。
先程のリーダーの男の叫びも、距離的に聞こえているはずなのだが、特に動く様子はないのだ。
スラム街でのいざこざかなにかだ、とでも思っているのだろう。
当然、俺にとっては好都合でしかない。
それにくわえ、度重なるやり直しの中で発見したことがある。
大体この辺りの時間になると、
「悪ぃ、ションベン」
「へぇへぇ。さっさと行ってこい」
見張りのひとりがトイレに行くことだ。
これで門番はひとりになる。
俺は隠れていた植え込みから出て、ひとりになった門番へ接近する。
背後から分厚い本で後頭部を一撃。
「ゴッ……!?」
見張りは倒れ込み、俺はその足を引きずって植え込みへと運んでいく。
気絶した見張りを隠したら、そいつの剣も同じように隠す。
そこに落ちていると、襲撃されたという証拠になってしまうからだ。
一度、それで警戒が強められて、黒コートに殺されている。
倒した見張りの手足と口を縛っていると、トイレに行っていた見張りが戻ってきた。
そいつは正門の警備に戻ると、少し左右を見回す。
だが、それ以上は行動を起こさない。
入れ違いでトイレに行ったか。
それとも、サボっているとでも思われているのかもしれない。
その後ろ姿は完全に無防備なので、背後から同じように殴り倒した。
隠蔽工作や拘束も同様に済ませておく。
これで残りは酒盛りをしている三人とボルダンのみ。
三人の行動パターンは把握済みだ。
ボルダンがトイレに行き、トイレ内でひとりになる時間もある。
だがそこで先にボルダンに手を出すと、護衛達に巡回の時間を与えてしまい、さすがに異常に気づかれてしまう。
すると黒コートの男が解放され、すぐさま殺されてしまうというわけだ。
だから、先に護衛達を完全に封殺しておく必要がある。
最初に出てくる奴は外の巡回に行く。
だが、コイツは正門の見張りがいないことに気づいて、代わりに正門に立つ。しばらく放っておいても大丈夫だ。
次の奴は屋敷内を巡回する。
さすがに廊下で手を出すと、物音で異常を察知した黒コートが出てきてしまう。
なので、この見張りを倒すことは推奨できない。
だが、コイツはかなり酔っており、巡回のフリをして酒蔵に向かうことを確認済みだ。
だから。俺はそいつの後を尾け、酒蔵に閉じ込める。
黒コートと同じように封殺し、ドア前に棚を置いた。
これでコイツは中で好き放題に酒を飲み、勝手に自滅してくれるという寸法である。
続いて俺は正門に行き、今までと同じように分厚い本で新規の見張りを気絶させた。
隠蔽も工作も同様にして、屋敷内に戻る。
最後のひとりはボルダンの側近みたいな奴だ。
トイレに行くのにも付いていき、物音程度では容易にボルダンから離れない。
だが、逆に言えば。
侵入者を放っておくわけではない。
ボルダンがトイレに立ち、側近もそれに付いていく。
側近がトイレの前に待機した時、俺はわざと見つかるように曲がり角から身体を晒した。
「あっ、やべっ!」
「むっ!? なんだお前!」
俺は踵を返して引っ込み、奴が追ってくるのを待つ。
曲がり角には当然、
「ぐわっ!?」
脛辺りの高さに張ったワイヤーだ。
ピンと張り詰めたそれは、側近を派手に転倒させる。
直後。
うつ伏せに倒れたそいつに向かって、分厚い本を振り下ろす。
「ぐぅっ!!」
呻き声と共に、側近は気絶した。
だが、コイツを縛るのはまた後にする。
急いでトイレの前に行き、ボルダンが出てくるのを待った。
ここはドアが死角になっているので、俺が見つかることはない。
ボルダンが用を足して出てくると、隣の洗面所に向かうのでそれを見送る。
奴が手と顔を洗っている隙に、分厚い本で後頭部を殴り抜いた。
豚のようにぶくぶく太って醜い身体だが、人体の急所には逆らえない。
「ごぼぼぼぼぼぼ!!!」
放置すると溺死するので、蛇口を止めてから床に放り捨てる。
護身用なのか、装飾のゴテゴテした剣を持っているのは知っていた。
なので、それを使わせてもらおう。
ボルダン自身の衣服を切り裂き、自分の口と両手足を縛り上げた。
余りも側近を縛る為に持っておく。
これで終わりだ、と洗面台を見る。
そこには屋敷全体と檻に使用できる鍵束があった。
拾い上げて、外を警戒する。
ここまでは何回かできているのだ。
しかし、この後に黒コートの男が、なぜか現れたりする。
今回はその原因を潰しに潰したので、大丈夫だと信じたい。
廊下を観察するものの、誰もいなかった。
ボルダンの側近を縛り上げて、廊下を倉庫方面へ進んでいく。
俺は書庫の前に変わらず棚があることを確認し、倉庫へと向かった。
黒コートさえ来なければ、なんとかなるはず。
倉庫に戻り、イファルナさんの妹だけを救出する。
鍵はすんなりとハマって、苦もなく解錠できた。
「ひとまず逃げるよ。イファルナさんのとこに」
「お姉ちゃんの知り合いなの!? あ、でも他の子が……」
妹は困惑した表情で倉庫内を見回す。
「ごめん。俺ひとりでは君だけが限界だ。でも鍵はあるから、後で衛兵さん達に助けてもらうよ」
彼女は納得していない様子だが、飲み込んで頷いた。
強い子なのだろう。
俺は彼女を連れて、屋敷から出る。
当然ながら正門はガラ空き。このままスラム街を出ていこう。
上の街に戻る道のりで、度々屋敷を振り返る。
遠ざかっていっても、どこか安心できない。それぐらい、俺は黒コートの男を警戒していた。
まだ。まだ喜ぶのは早い。
ここまで来たのは初めてだが、いつ現れるか不安でならないのだ。
「詰めが甘かったな」
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