反省会

「……最後の奴は、なんだったんだ?」


 ロード空間に戻り、頭を振って起き上がる。

 フリジアもなんだか難しい顔をしていた。


 黒コートを纏った、見るからに怪しい男。

 だが俺を殺したということから、アイツも護衛のひとりなんだろう。


「うーん。ほとんど気配がなかったというか、いつの間にか背後にいた感じなのよね」


 ここから見ていたフリジアもわかっていないらしい。

 俺を中心として見ているから、遠く離れた場所までは把握できないのだろう。


「それよりも」


 俺が死んだことを『それより』扱いしないでほしい。

 いや、生き返るから仕方ないのかもしれないが。


「リヒト。死ぬ覚悟ができたみたいね」

「言い方はアレだが、そうだな」


 まるでお前が俺を殺すみたいな言葉選びだぞ。


「ならこれを渡しておくわ。ロード能力の弱点は、捕まることだから」


 フリジアから差し出されたのは、小指の先ほどしかない白く小さな丸い物体。

 俺はそれをつまみ上げ、なんだろうとしげしげ眺める。


「なんだ、これ?」

「それは致死薬よ」

「……ああ、なるほど」


 一瞬でわかってしまった。

 正直、俺も似たようなことを考えてはいたのだから。


「それを奥歯の奥にでも挟んでおいて、それで……」

「捕まった時は噛み砕く、だろ?」


 フリジアはいつになく神妙な顔で頷いた。


 スパイ作品なんかではメジャーなアイテムだ。

 まさか、実際に口の中に入れることになるとは思わなかったけど。


 俺は奥歯のさらに奥へ薬を挟んだ。

 間違って噛むことはないだろう。違和感はすごいけど。


「お前も無理だと思ったわけだ。あのままストレートに勝つのは」

「それは、そうね。でもやってもらうしかないから、私にできるのはサポートだけ」

「なら罠とか作ってもらえないか? このままだと、金がないからどうにもならないぞ」


 しかし、フリジアは考え込んでしまった。


「なんだよ。こういうアイテム作れるんだから、それぐらいなら残った力でもできるだろ?」

「いえ、その、言いにくいんだけど……」


 フリジアは両手の人差し指をもじもじと突き合わせる。

 現実でそんな動作をする奴に、初めて出会った。


「私、えっと……不器用だから」

「……作れないってことか?」

「はいああああああああやめて! こめかみをグリグリするのはやめてぇぇぇぇ!!!!」


 両手をげんこつにして、フリジアの頭を挟み込む。

 コイツ、肝心なところで微妙に使えないことばかり言ってきやがる。


 俺はフリジアを床に投げ捨て、頭を抱える彼女を見下ろした。


「仮面とか致死薬とかは作れるくせにな」

「言ってもわかんないと思うけど、私が作れるのは《概念》だけ! だから今渡した致死薬も厳密には薬じゃなくて、リヒトが『死にたい』って思いながらじゃないと噛み砕けないのよ! どう!? わからないでしょ!?」

「いや、わかった」

「わかったの!? 嘘でしょ! 私だって言っててよくわからないのに!?」


 なんでお前はわかってねぇんだよ。

 あまりの驚きにムンクの『叫び』みたいな顔になってる。その表情筋、どうなってんの?


「じゃあこの仮面も、俺の目元を隠すっていう《概念》の産物なのか。お前の力はおまけ程度で」

「嘘……本当に理解してるじゃない……」


 立ち上がろうとしていたフリジアは膝を突き、崩れたままの姿勢になる。

 そこまでショック受けることじゃないと思うが。


 っていうか、お前は自分が思っているより数倍ポンコツだぞ。


「なら、武器や防具も難しいのか?」

「……そもそもそういうのは作れません」


 はい。だと思った。


「じゃあ《神器》はなんなんだ?」

「あれは私が『強い《概念》をこめた素材』から、人が作り上げたものよ。だから厳密には、私が作った装備ではないのです……」


 なんで尻切れで言葉が弱くなっていくんだ。

 大丈夫だよ。お前のポンコツさは俺がもうよく知ってるから。


「違うの違うの!! そもそも強力な装備品っていうのは世界に干渉することだから本当はダメだと思うの! 私はそういうルールの下でやってあはははははははは!!」

「言い訳が長い」


 それに興味ないし。

 フリジアの女神としてのメッキは既に剥がれきっているのだから。

 

 また、くすぐりによって地面で痙攣するフリジア。

 俺はもうひとつ訊かなきゃならないことを思い出した。


「そういや魔術ってのは、どうやったら使えるんだ?」

「ひぃ、ひぃ……それは……ひぃ……使えないわよ」

「はい? いや、だって、この世界にはあるんだろ? 魔術」

「あるけど……リヒトには無理。だって身体に魔力流れてないもの」


 そりゃ純粋な日本人だし。

 魔力なんてゲームやアニメだけの存在だと思ってたけど。


「流れてないって?」

「この世界の住人は必ず魔力を持っているわ。単独では初級魔術を発動できないほどでもね。だけどリヒトはそもそもこの世界の住人じゃない。だから魔力は通ってない。魔力が通っていない以上、魔力量は杖でも増幅できない。ゼロなんだから。以上」


 以上じゃねぇんだよ。

 あと、そのドヤ顔をやめろ。


「つまり、俺は魔術使えないってことか?」

「そう、いひゃいいひゃいひゃーーーーい!!」


 フリジアのほっぺをぐいーっと引っ張る。

 すげぇ柔けぇ。餅かなんかでできてるのかってぐらい伸びるし。


 パッと手を放し、フリジアは両頬をさする。


「魔術はダメか……」


 選択肢がひとつ潰れたことで、俺はため息を吐いた。


「そ、その代わり私が付いてるから! ね!? 安心でしょ!?」


 俺の落ち込みを見てか、フリジアが胸を張ってそんなことを言ってのけた。

 そもそもお前がいなければ、俺は今でもゲームしてダラダラ過ごしてたんだよなぁ。


「はぁ……やめっかな」


 思わず声が漏れた。

 いや、やめられないんだけど。


 足に衝撃が走り、俺はちょっとよろける。

 見ると、フリジアが俺の太ももにしがみついていた。


「やめないでください! おねがいします!!」


 泣きそうな顔で必死に懇願するフリジア。

 

 ぐしゃぐしゃになった顔が、汚い。

 美少女の顔面を持ったやつがやっちゃいけない表情をしている。


「わかった! わかったから離れろ! やめないやめない!!」

「本当におねがいします!! 私、本当は創造神様にも見捨てられかけてるほどの落ちこぼれなんです!! おねがいします!! 見捨てないで!!」

「思った以上のポンコツだな!!」


 心の奥底では「この異世界転移やめてぇなー!」と叫びながら、泣きじゃくるフリジアをなだめるのだった。


 なんで俺が女神の心のケアまでしなくちゃならんのだ。

 ケアしてほしいのは、俺の方だってのに。

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