反撃

 ロード空間から戻り、俺はスラム街を眺めるような位置に立っていた。

 ここからあの階段を降りていって、殺されたというわけか。


 自分より大柄な男を倒す為に、俺の頭には2つの手段が浮かんでいた。


 1つ目は、不意打ち。

 ゴブリンの時みたいに気を逸らしたり、背後に回って一撃を加えるのだ。


 しかし、スラム街については相手の方が詳しいだろうし。

 なにより、階段を降りる気配すら消せないのだ。


 こっちの案は難しい。

 そう判断して、もう1つの案に決めた。


 それは、罠を張ること。

 といっても、手元には何もない。


 だから、ここで余剰分の金が活きてくるわけだ。

 本当にセレネさんには頭が上がらない。


 俺は王都へと引き返し、活気のある方向へ進んだ。

 そこには思ったとおり『冒険者ギルド』なるものがあるではないか。


 となると、必然的に考えて。


 お目当ての店はあるはずだ、と周囲の店を回ってみる。

 考えた通り、目的の店はそこに存在した。


 色んな職業がある冒険者。

 彼らの為に構えられた商店街。


 そこに、こんなわかりやすい店がないわけがない。


 しかし、罠そのものや魔道具なんかは高くて手が出せない。

 というよりも、『冒険者ギルド』で冒険者として登録し、『冒険者カード』なるものを持っていないと、危険物は購入できないとのことだ。


 それもそうかと納得する。

 身分不明の奴に毒物や殺傷能力の高いものを売るわけがない。


 俺は必須素材であるワイヤーと、その他数点のものだけ買っておく。

 なんとか手持ちの金で賄うことができた。


 もしこのまま誰も頼れずに夜を迎えたら、俺は路上生活へと突入するだろう。

 それだけは避けたい。


 そんな思いと共に、スラム街入り口に戻って罠を構築していく。

 崩れた家々が多い中、まだマシな造りをしている家を使わせてもらうことにした。


 数十分ほどかかったが、なんとか罠を作り終える。

 これで上手くいけばいいんだが、ダメならまたフリジアの下に帰ることになるだけだ。


 死ぬ時に痛みがないのが幸いだな。

 

 むしろ。

 この世界において避けなければいけないのは捕縛されること、か。


 その対処はおいおい考えるとして、俺はスラム街へ降りていくことにした。

 先程よりも無防備に、足音を立てながら降りていく。


 さっきの奴がいるかどうかはわからないが、おそらく入り口近くを張っているのだろう。

 哀れな獲物が迷い込んできたらガツン、というわけだ。


 危惧してるのは、仲間がいた場合だが。

 まあそうなればもう諦めだ。衛兵のところに駆け込むか、潔く死ぬしかない。


 死ぬことに若干慣れている自分に気づき、ひとりで苦笑した。


 なんてことをしていると俺が殺された地点に近づいており、否応なく緊張する。

 大丈夫だと深呼吸をしながら、最後の一段を降り、


「ここっ!」


 同時に屈み込んだ。

 頭上を豪快な風切り音が通過していく。


「おうっ!?」


 野太い男の声が聞こえたが、全て無視して全力ダッシュで階段を駆け上る。


「待ちやがれ!」


 チラッと振り向くと、筋肉だけが取り柄っぽいならず者が見えた。

 頭髪のなさが眩しい。


 どうやら仲間はいないらしく、奴だけに集中できそうだった。


「ここまで来い! ハゲデブノロマカイショウナシ!!」

「誰がハゲだ!!」

「怒るのそこなのかよ!?」


 俺は背後から鬼気迫る怒りを感じつつも、階段を上り切る。


 挑発の甲斐もあって、ならず者はまっすぐに追ってきている。

 足はそこまで早くないから慌てなくてよさそうだ。


 俺は奴が上り切ったのを見てから、ドアを開けて罠のある家に転がり込んだ。

 これなら見失ったり、このドア以外から入ってきたりしないだろう。


 すぐに足元のワイヤーを引き上げ、脛辺りの高さにピンと張った。

 もう一方は反対側の柱に固定されているので、当然ながら。


「おわっ!?」


 ドアを開けたならず者は、無様にもすっ転ぶことになった。

 持っていた金棒も、床に落ちて転がっていく。


 同時に、もう片方のワイヤーを引っ張る。

 すると脆いテーブルの足は簡単に折れ、ならず者の背中めがけてレンガの山が降り注いだ。


「ぐおおおおおおおっ!?」


 獣の咆哮みたいな声が響くが、あの筋肉量だ。

 これで安堵はしない。レンガの山を押しのける可能性は充分にある。


 そこで俺は、あらかじめ柱に繋いでおいた細いワイヤーを2本引っ張ってくる。

 どちらも先端は輪っかになっているので、素早くならず者の足に通す。


 足が通ったら、輪っかを調整して一丁上がりだ。

 これで両足を封じたことになる。


「クソッ! テメェ、足に何を……!?」

「あんまり暴れない方がいい。足が切れてもいいなら別だが」


 俺はならず者の前に立ち、できるだけ無表情で見下ろした。

 今の威嚇が効いたのか、ならず者は怒りの顔のままで静かになる。


 当然、ハッタリだ。

 ワイヤーで人体を切るには高速で動かしたり、強力な力で引っ張る必要がある。


 だが、ならず者にはそれはわからない。

 知識がないのもあるだろうが、そもそも足にくくりつけた物体がなにかを説明してないからだ。


 だから、コイツは今は俺の言葉を鵜呑みにするしかない。


 俺は威圧の効果を高めようと、少し落ち着いた喋り方をすることにした。


「アンタ。ボルダンって奴、知ってるか?」

「ああ? アイツに用なのか?」

「ちょっと訳ありでな。どこにいるか教えてもらおうか」


 男は諦めたようにため息を吐いた。


「スラム街の中心にデカイ屋敷がある。アイツのねぐらはあそこだよ」

「ふーん……?」


 やけに素直に吐いたな。

 これを信じてもいいけど、念押しだ。


 俺は部屋の椅子に置いておいた、透明なビンを掲げる。

 中には液体が入っており、それを男の頭にかぶせた。


「ぶへっ! おい、こりゃ油じゃねぇか!!」

「油だからな。油ってよく燃えるだろ?」


 すると、男は青ざめて声を荒げ始めた。


「おい! やめろ! どうするつもりだ!!」

「今からお前の言うことが本当かどうか確認するんだ。嘘なら火を点けに戻ってくる。それだけだ」


 男の顔を見下すと、動きたくても動けないもどかしさの中で必死な形相を浮かべている。


「それだけって……!! アンタ、火の魔術を……!? おい、やめろ! 頼む! 嘘は言ってねぇ!!」


 へぇ、魔術があるのか。

 異世界だからそういうのもあるんだろうと思ってはいたけど。


 今は後回しだ。

 ポケットから出そうとしていた火打ち石を戻す。


 魔術が使えると思っているのなら、その方がありがたい。


「もし嘘じゃなくても、確認の後で衛兵を呼ぶ。それまでの辛抱だと思って我慢してくれ。それか、足を切っても構わないぞ」

「ぐ、ぐぅっ……!!」


 八方塞がりだと観念したのか、男は唇を噛んで動かなくなった。

 いや、動けないのか。


 『仕返し』の一部として、激辛調味料とやらを購入していたのだが。

 その顔だけで満足してしまった。


 コイツはもう、俺に逆らえない。


 俺は護身用も兼ねて、調味料だけをそのまま持っていくことにした。

 液体だから、目に入れれば簡単な目潰しになるだろう。


 火打ち石は使えるかどうかわからないし。

 購入したワイヤーのほとんどは使ってしまったから、ほぼ身一つで屋敷に行くことになる。


 だが、やるしかない。


 金棒を持っていこうかと思ったが、両手でようやく持ち運べるぐらいだ。

 無理だと判断して、家の外まで蹴って転がしておく。


「ちなみに訊くが。どうして俺を狙ったんだ?」

「……珍しい服だからよ。高く売れると思っただけだ。あとその仮面もな」


 なるほどな。随分とならず者らしい。


 俺は奴を放置し、スラム街へと戻った。

 今度こそ不意打ちをされないように警戒を厳にする。


 またさっきの奴みたいなのが出てくるかと思ったが、意外とそうはならなかった。

 人影は見えるものの、遠巻きに俺を観察するばかり。


 さっきのならず者がむしろ珍しいタイプだったらしい。

 ここでは、不意打ち上等だと思っていたのだが。


 入り組んだ道を進んでいくと、不意に屋敷とやらが見える。

 立派な建物とは言えないが、スラム街に建っているには不自然なほどしっかりした佇まいだ。


 正門は開かれているが、護衛らしきゴロツキがふたりいる。

 塀も高く、侵入するには厳しそうだ。

 

 しかし足元を見れば、それも解決だ。

 スラム街らしく、塀の下部分が空いている。


 こりゃラッキー、などと。

 アホみたいに浮かれて、楽観的にくぐるわけにはいかない。


 こういうところには罠を仕掛けておくのは普通だと思うが。

 屋敷の外周をぐるりと見たところ、ここ以外に侵入口はない。


 ――行くしかないか。


 石を投げてみたり、レンガを敷地内に放ってみるが反応はない。

 魔術も含めて罠はないと信じるばかりだ。


 ほふくのポーズで塀をくぐる。

 慎重に警戒をして進むと、そこには誰もいなかった。


 罠がなければ警備がいる。

 警備がなければ、罠が――。


「ッ!!」

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