スラム街へ
彼女が言うには、
王都の人通りの多さを考えても、それはおかしいことではない。
どの種族であっても、子どもひとりでウロウロしてれば目立つだろう。
しかし情報のない今は、とりあえず足で探すしかないか。
だが闇雲に歩くわけにもいかず、大通りを進むしかなかった。
迷ってしまっては元も子もない。
などと思っていると、城が近くなってきた。
立派な城門に、遥か高くにそびえる城壁。その向こうに見える青い屋根だけが、城であることを告げている。
「何用だ?」
ぼーっと城を見上げていると、衛兵らしき人に声をかけられた。
鉄の鎧に鉄の槍。慇懃な態度。まさに衛兵って感じだ。
しかもそれが二人いるから、威圧感すら感じる。
俺に比べれば背も高いし、当然筋肉があるからな。
「いや、実はですね……」
イファルナさんのことを含めて説明したからか、衛兵達は俺を関係者とみなしたらしい。
「こちらでも探していますが、現状見つかってはいません。ただ……」
「ただ……?」
壮年の衛兵は一瞬だけ躊躇するように目をつむったが、若者らしい衛兵が言葉を継いだ。
「スラム街に、ボルダンという奴隷商がいるんだよ」
「やめないか!」
「奴隷って……」
ここは異世界。
奴隷なんかも当たり前に存在するのだろうか。
「まさかフリジアが……?」
衛兵達に聞こえないように呟く。
アイツがそんな制度を作ったのだろうか。
「アンタも知っているだろ? 奴隷は世界的に禁止されてるってのに」
あ、違った。
すまん、フリジア。お前の倫理観をまた疑うところだったよ。
「ではなぜ?」
俺の質問には、壮年の衛兵が苦い顔で答える。
「……奴は潜り込むのが上手いのです。摘発しようとすると、すぐに隠れてしまい、証拠も残さない。厄介な奴でしてね」
「まったく。モグラみたいな奴だよ。めんどくせぇ」
「こら! いい加減、その態度を正せ!」
「へいへい。わかってますよ」
絶対わかっていない。
若い方の衛兵は、いささか真面目さが足りないようだった。
俺がいることを思い出したらしく、壮年の衛兵はハッとした顔色を浮かべる。
「っと。すみません。ですので、捜索の際はお気をつけて。くれぐれも。スラム街にはできるだけ近づかないように。我々とて、あそこには少人数では向かいませんからな」
「死にたくねぇなら行くなってこった」
「おい! ……失礼します」
二人の衛兵は去っていき、俺は今の情報から最も最短距離にある答えに辿り着いた。
「要するに。イファルナさんが探している子は、奴隷商に捕まったってことか」
そういうことだろう。
大体の場合、事態が最悪の方向に行っていることを予想しておいた方がいい。
もしスラム街を探って出てこなければそれでよし、というわけだしな。
どっちにしろスラム街を捜索しない理由にはならない、か。
俺は王都を歩き、寂れている方向へ。
感覚的にだが人のいない方向へ進むと、すぐにスラム街を見つけることができた。
スラム街だけあって、怪しい雰囲気が漂っているのが俺にもわかる。
通りから裏道に逸れ、一本挟んだ場所にその町並みはあった。
見るからに廃れていて、普段なら間違っても足を踏み入れる場所ではない。
レンガでできた家は崩れ、廃墟が並んでいる。
しかもそこはまだ入り口で、その奥に階段があった。
そこから階下に繋がる荒廃した世界。
一段下がった場所に、その荒んだ街は存在している。
人通りは途絶え、にぎやかな喧騒は遥か遠くだ。
ならず者は多くいるだろうし、件の奴隷商だっているだろう。
死にたくはない。
だが、迷子の子が奴隷にされそうな状況で見過ごせるほど人でなしではないのだ。
――できるだけ、死なないようにしよう。
そんな意味のない決意を抱いて、スラム街へと足を踏み入れた。
俺は足音を殺しながら、アンダーグラウンドへの階段を降りていく。
階段を一歩下がるごとに、汚れた空気が肺に流入してくるような。そんな感覚だ。
見るからに汚れているわけではないが、雰囲気が廃れている。
空気が死んでいるというべきか。
人通りの多い道から数本来ただけでこれなのだ。
スラム街の中心地なんて、ヒトの住める場所じゃないんじゃないか。
階段を慎重に降り、開けた場所に辿り着く。
「ガッ!?」
瞬間。
後頭部に衝撃が襲い、俺の意識は一気に遠くなる。
本能的に踏み留まろうとしたものの、急激な浮遊感がそれを許さず――。
◇
「死んだなぁ……」
見覚えのある真っ白い空間で身体を起こし、俺は安心していた。
あの全てが消えていく空虚な感覚の中、もう二度と目覚めなかったらどうしようと考えていたから。
いや、正確に言えば考えたのは起きてからか。
恐怖感がずっと心を脅かしており、目覚めたことに安堵したのだ。
「後ろからの不意打ちだったわね」
「見てたのか?」
立ち上がりながらフリジアに尋ねる。
彼女は器用にも眉根を逆立てながら、笑顔を浮かべた。
「ええ! それはもちろん! カネーを馬鹿にしたり、奴隷を私のせいにしたりしようとしたところも全部ね!」
確かに、奴隷を彼女の仕業だと思ったのは悪かったが。
「でもカネーについては謝らねぇからな」
「なんでよ! ゴールドだって同じでしょ!? 英語で金じゃない! そのままよ!」
そりゃそうなんだが。
日本語で構成した世界なんだから、カネーはダサいと気づいてほしかった。
「あ? でも見てたってことは、俺がどうやって死んだのかわかるのか」
「リヒトを中心にして監視してるからね」
それは心強い。
同時に、俺に自由はないなぁと気付くのだった。
もしも。
あくまでも、もしもの話だが。
この世界において、俺が男として活動する時があっても。
フリジアの視線があると思えば、全て萎えるだろう。
ともあれ。
死んだ状況がわかるのは、掛け値なしで助かる。
「背後から尾けられてたのか?」
「いいえ。階段を降りてくるのを待ち伏せされたみたいね。敵は大柄な人間の男がひとり。リヒトが間抜け面でスラム街を観察しようとした時に、横からこう、一撃よ」
フリジアはなにかを横ぶりする動きをした。
「武器はわかるか?」
「金棒ね。トゲはついてないわ」
それは必要な情報なのだろうか。
っていうか、もしかしてコイツ、鬼が好きなのでは?
やめよう、と首を振った。
フリジアの趣味嗜好なんて知ったところで損しかしない気がする。
状況から考えるに、ならず者に狙われたってことか。
足音を消してるつもりでも、そっち方面の人間にはバレバレだったわけだ。
気配の消し方も知らないしな。
争い事とはほとんど無縁な生き方をしてきたんだから、当たり前だけど。
「あと言っておくけど。
「え、そうなのか?」
フリジアは俺の仮面を小突く。
「わずかとはいえ、創造神の力がこもった仮面よ? 善良なヒトから見れば、それだけで平伏の証なの。無条件で従いたくなる、つまり敵意を感じないってこと」
「ほーん……?」
よくわからないまま仮面を指先で触る。
こんな仮面にそんな力があるとは思えないけれど、コイツが言うならそうなんだろう。
「あーあ。あの赤くてカッコいい奴なら、もっと力を込めてあげたんだけどなー」
フリジアが提案する赤鬼の仮面は、土下座されても装着しねぇよ。
あれはダサすぎるだろ。
と、ここで俺は気付く。
「俺が作らせておいてなんだけどよ。お前、力が少なくなってるのに、こんな仮面作って大丈夫なのか?」
「世界に直接干渉しないから大丈夫よ。それだけの力は、今はもうないんだし」
フリジアはさっぱりと諦めた様子で言い放った。
コイツはコイツで、世界を崩壊させてしまいそうになっていることに責任を感じてるのかもしれない。
それに。
世界を創った神様なのに、自分の創作物に手出しできないってモヤモヤするだろうな。
「どっちにしても、まず《神器》、だろ?」
「そういうこと。私の力の為にキリキリ働きなさあはははははははははは!!!」
ちょっと同情して攻め手を緩めればこれだ。
すぐ調子に乗るのだから。
俺はフリジアをくすぐり地獄から解放し、そのあたりに投げ捨てた。
ビクビクと震えている姿が、死にかけの魚みたいで面白い。俺の妹でもそこまでのリアクションは取らなかったな。
フリジアに折檻をくわえたことでスッキリしたので、目の前の問題に戻る。
大柄な男の不意打ち。
これをどう回避して、尚かつ仕返しするか、だな。
ゴブリンのように単純な手が通じるかどうかわからないし。
もし、殺してしまうと俺の方が悪人になってしまう可能性もある。
いや、そもそもの話。
もし相手がお尋ね者で、正当防衛だとしても。
人間を殺すのは、さすがに覚悟ができていない。
他の種族ならいざしらず。
同じ人間は無理だ。今はまだ、考えただけで吐き気がする。
ゲームの中なら、何千何万と殺戮してるし。
リアルな死体を描写するようなグロゲーだってやってきた。
だけど。
それとはやっぱり違うわけで。
「そういやフリジア。オートセーブはいつだ?」
「ひぃ、ひぃ……えっと……。あ、ちょうどスラム街に入る直前ね。12時よ」
そう聞くと腹が減ってくるような気がするから不思議なもんだ。
緊張や興奮の連続で、空腹を意識する暇もなかったけど。
「了解。ちょっと考えるから」
生きて、イファルナさんが探している子どもを見つける為。
そしてなにより。
俺を殺した男へ、『やり返す』為に。
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