村娘のもてなし

 自分の復讐を終え、俺は女性に振り返る。

 女性は安堵とも困惑とも取れる微妙な表情をしていた。


「あー……あの、大丈夫ですか?」


 一応、手を差し出してみた。

 だが先程乱暴なことを叫んでいたことを思い出し、気まずくなる。


 違うんです。普段からあんなんじゃないんです。頭に血が昇った時だけなんです。


 女性は戸惑いながらも俺の手を取って立ち上がる。


「はい、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる女性。


 この世界のことはまだわからないが、フリジアが「テンプレートから作った」とか言ってたし。

 彼女の服装からして、「平民」とか「村娘」みたいなポジションであることが察せられた。


 肩口で切り揃えられた亜麻色の髪。

 美人とかそういうわかりやすい言葉じゃなくて、清楚って印象がピッタリな女性だった。


「えっと、俺は……」


 この場合、ひとまず名字はいらないか。


「リヒトって言います。貴女は?」

「あ、私、セレネと申します。近隣の村に住んでいて、薬草を取りに来ていたんですけど」


 彼女は目線を伏せて、ゴブリンの方へ向けた。


「いつもこんな危険な場所に?」

「いえ。ここは森の入口ですから、ゴブリンが出る方が珍しいんですけど」


 つまり、たまたま遭遇したって感じか。


「リヒトさんは、どういったご用事で?」

「あー。俺は……」


 なんて言ったらいいだろうか。

 こういう時、便利な言い回しといえば。


「記憶がなくてですね。どうしてここにいるかもわかってないんですよ」

「えぇ!? それは大変ですね!」


 同情するように眉根を下げるセレネさん。


「ではその仮面の理由もわからないんですね」

「仮面? ああ、そうですね」


 一瞬忘れていたが、フリジアからもらった仮面はこっちでも着けたままらしい。

 俺もやけに初対面の人とスラスラ話せると思っていたが、脳みそは仮面を認識していたようだ。


 ってことは前髪は短いし、伊達メガネは失ったままか。

 とはいえ。仮面があればコミュニケーションに困ることはないだろうし、大丈夫だろう。


 っていうか、セレネさんが俺を見て困惑していた理由はこれか。

 確かにこんな仮面着けてる奴がいたら、ゴブリンと同程度に警戒するはずだ。


 しかし、今のセレネさんは平気になったらしい。

 彼女はにこりと笑う。


「お礼がしたいので、どうでしょう。家に寄って行ってもらえませんか?」

「いいんですか? では遠慮なく」


 世界についても知りたいし、彼女の住む村とやらも見ておきたい。

 お礼ってことはお茶とかいただけるだろうし、一石二鳥とはこのこと。


 そのまま彼女に付いて歩いていくと、すぐに森を抜ける。

 本当に森の入口だったらしい。あんなところにゴブリン出ちゃダメだろ。 


 そのまま少し歩くと、小さな集落が広がっている。

 俺は思わず「ほぉー」っと異世界の光景に感心した。


 いかにも村って村だ。

 農村というか、田舎の集落というか。


 森の前に広がる狭い村。

 だけど、決して古臭いわけじゃなくて、どこか変に懐かしく感じる。


 セレネさんの家にお邪魔する。他の家と同じく、木造の小さな家だ。

 二部屋、広くても三部屋ぐらいしかないような間取り。


「どうぞ。楽にしていてください」


 そんなことを言いながら、セレネさんは奥のキッチンらしき部屋に消えていった。

 くつろぐにしても、素朴な木製イスしかないのでそこへ腰掛ける。


 テーブルもまるでDIYみたいな手作り感のあるものだ。素材丸出しというか。

 見るからに田舎の村なので、これが精一杯なのだろう。


 部屋を見回してみても、特に何かあるわけでもない。

 ここはリビングに位置するのだろうが、テーブルの上に一輪挿しがあるだけだ。白い花だが、全くもって品種はわからない。


 奥に通じる部屋はあるのだが、閉め切られている。私室だろうか。

 

 かといって。RPGよろしくタンスを漁るわけにもいかないので、大人しく待つ。

 やがて、セレネさんがティーカップをトレイに乗せて戻ってきた。


 俺の目の前に何か香りのするお茶が置かれる。

 紅茶とも緑茶とも違う匂いに興味が向いた。


「いただきます」


 ティーカップに手を伸ばして口元に運ぶ。

 口に含むと、独特な青臭い風味が広がった。


「ごふっ……ん、んんっ!」


 むせこむのを誤魔化して咳払いをする。


 お茶というよりは、道端の草を煮詰めたような味、と言うべきか。

 なにかの漢方かと思えるほどの苦味で、俺はすぐさまテーブルに戻した。


 こんな田舎では、こういった草をお茶にするしかないのかもしれない。

 家の傷み具合を見ると、食うのにも困ってそうだしな。


「ふぅー……あっちは私室ですか?」


 俺はお茶の感想を求められるより前に、そちらを指差して尋ねた。

 彼女の表情が途端に曇る。


「あちらには、父が休んでいます。難病でして。薬師の方に聞くと、非常に高価な『雪月花』なる花が必要だそうで。でもウチにはそんなお金はありませんので。森に入って、進行を遅らせる薬草を採取しておりました」


 そうだったのか、と俺は気まずくなってお茶を口に運んだ。

 苦々しいこの味が、今の空気とマッチしている。不思議と咳き込まない。


 しかし。セレネさんが森に入っていたのはそういうわけだったのか。

 ゴブリンにすら太刀打ちできないのに、薬草の為に森へ入るとはおかしな話だとも思っていたのだ。


 だが、俺にどうにかできる話でもない。

 重苦しい空気を振り払うように、俺は咳払いをした。


「えっと。記憶につながる情報が欲しくてですね。人の多いところを目指しているんですが、ここからだとどこが近いですか?」


 セレネさんはハッとするように笑みを取り繕う。


「やはり王都でしょうか。それ以外はあまり大きな都市といえるほどの規模ではなかったと思います」


 話を聞きながら、俺は違和感を抱いた。


 ――王都が大きいのは納得できる。だが他に大きな都市がない、とはどういうことだ?


 いくらなんでも王都に一極集中しているわけではないはずだ。

 それとも、この世界は本当に15日で救えるほどに小さな世界なのだろうか。


「ありがとうございます。歩いてどれぐらいでしょうか?」

「歩いたら1日はかかると思います。一応、ここからも馬車が出ていますけど……」


 セレネさんは俺の顔色をうかがうように視線を飛ばしてくる。


 彼女の懸念はひとつだろう。

 俺がお金を持っているのかどうか。


 当然、持っていない。もし日本円を持っていても、使用できないだろう。


「大丈夫。歩きますよ」


 時間は惜しいが、金がないなら歩くしかない。

 街道を行けば、それほど大きな危険もないだろう。


 問題は夜だが……王都までに集落はあるだろうし、そのあたりでどうにかするしかないか。


「あ、あの。でしたら……少し待っていてください」


 セレネさんは控えめに切り出して、奥の部屋に消えた。

 何事だろうと待っていると、彼女は小袋を携えて戻ってくる。


「これ、使ってください。3000カネーです。王都までの片道なら足りると思います」

「カネーって……お金ですか!? そんな!」


 この家だって決して裕福そうには見えない。

 むしろ病気の父親を抱えているのだから、貧乏まっしぐらだと思うのだが。


「命の恩人ですもの。これぐらいなら平気です。どうぞ」


 セレネさんはまっすぐ見つめてくる。

 俺はその強い瞳に気圧されて、小袋を受け取ることにした。


 ジャラジャラと音の鳴る袋。

 どうやらこの世界では硬貨がメジャーらしい。


 俺は小袋をジャージのポケットにしまい、頭を下げた。


「絶対、返しに来ますから」

「またその時は、よろしくおねがいしますね」


 彼女は微笑み、俺は最後まで頭を下げながら家を出た。

 村のはずれまで来て、セレネさんの家が見えなくなってから、ひとり呟く。


「でもな、フリジア。カネーっていう単位はどうかと思うぞ」


 せめて、ゴールドとかならよかったのに。

 ここをテンプレートにしとけよ。


 このあたりのセンスが絶望的にないのだろうか。


 いや、あの女神にセンスを期待するのは無駄だな。

 鬼みたいな仮面を真っ先に勧めてくるような奴なんだから。

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