やられたらやり返す


 それができる立場か、と睨んでみる。

 同時に、両手のパントマイムで「髪を掴んで引っこ抜く」ような動作をしてみせた。


 すると、フリジアはビクッと肩を震わせる。

 それは女神でも怖いらしい。


「お、オートセーブのみなのは、私の力が非常に弱ってるからなんですね。はい」


 めちゃくちゃしおらしくなったフリジア。

 

 怒ってるのはそこじゃないんだけど。

 とはいえ。さすがにちょっとキレすぎたかと反省し、俺は説明を促した。


「実は15日後に世界は崩壊します。で、リヒトにはそれを止めてほしいんですけど」

「15日!?」

「15日」


 フリジアは神妙な顔で頷く。

 どうやら聞き間違いじゃないようだ。


「くっそ短いじゃん。しかもポンコツなセーブ&ロードとかいう、実質『死に戻り』の能力しかないのに?」

「……はい」


 ゴブリンにも勝てない身体能力で、なにができるっていうのか。

 いくらやり直したって、例えば魔王クラスの敵相手なら勝てるわけがないのに。


「あ。最後の敵は、魔王を倒した後の魔神なんですけどあはははははははは!」

「魔王より格上がってんじゃねぇか! どうしろってんだよ!」


 俺はフリジアの脇をくすぐり、よじる身体を追いかけていく。

 せめて戦闘系の能力をくれ、と言いたいところだ。


 数秒後。

 くすぐりから解放され、フリジアは息を荒くしながら説明を続ける。


「だから! リヒトには世界に5つある《神器》を集めて、魔王とか魔神を倒してほしいのよ!」

「あっ! 開き直りやがったな!」


 フリジアは鼻を鳴らして、仁王立ちのポーズを取った。 


「フン。そもそもリヒトは私の力がないと生き返れないんだから、私に従うしかないのよ!」

「いや、お前だって。このままいれば15日後に世界崩れるんだろ」

「残念ね! この空間は時間が止まっているから、一生このままよ!!」

 

 ん? 一生、ここで。

 フリジアとふたり?


 つまり、俺は死ななくていいってことだよな?


「……それでもいいか。顔はいいし」

「顔はってなに!? 私、女神なんですけど!?」


 ショックを受けている様子のフリジア。

 コイツ、さっきから思ってたけどメンタルが弱すぎるだろ。


「とにかく! やってもらうから!」

「でもよ。それをやったところで、俺にメリットがねぇじゃん」

「? 地球に戻してあげるけど?」


 きょとんと首を傾げるフリジア。

 

 本気でわからないみたいだ。

 っていうか、それはメリットではない。


「いや。それはお前の過失みたいなもんなんだからさ。+αが必要だろ?」

「え、えーと。でも私、あんまり地球に干渉できないんだけど」

「ああ! この世界と心中するしかないのか! それとも、やはりここで一生ふたりきりに……」


 ため息を吐いて落ち込んで見せると、フリジアは慌てたように口を開く。


「待って! わかった! 世界を救ってくれたら、私の力も戻るはずだから! それで願いをなんでも1つ叶えてあげるから!」

「よっし! 言ったな!」


 俺は思わずガッツポーズを掲げた。

 きっとこの瞬間の俺は、満面の笑みだったに違いない。


「で、でも。地球には干渉できないわよ? あくまでも、この世界だけで……」

「OKOK。最後にわがまま言わせてもらうだけだって」


 なにを叶えてもらうか考えながら、目の前の問題に思考を切り替える。


「じゃあ、第一歩として。生き返った後、ゴブリンをどうにかしなきゃならんよな」

「そうなの? 無視すればよくない?」

「お前、倫理観だけ急に女神持ち出してくるのやめろよ」


 女性が襲われてただろうが。

 無視はできないし、なにも正義感だけで助けようと言ってるんじゃない。


「一応、世界のことは住人に聞いた方がいいだろ? フリジアだって知ってるだろうけど」

「そ、そうね! まあ私は女神だし? 世界のことなんて知り尽くしてるぐらいに知り尽くしてるから! 攻略本みたいなもんよね! 確かに私に頼るのはズルいと言わざるを」

「……本当は?」

「すいません! 1000年ぐらい放っておいたのでわかりません!」


 素直なのはいいことだ。

 だが、1000年は放置しすぎだろう。女神の感覚だと1年ぐらいなのか?


 頭を下げたままのフリジアに訊いてみる。


「約3年です……」

「それは、放置しすぎだな」

「違うの! 地球のゲームとか漫画が面白いのが悪いの! 私の時間を奪っていったの!」

「その間に世界からは命が失われていったのにな」

「うぅ……! 心が痛い!」


 さっきまで女性を見殺しにしようとしてたくせに。

 コイツ、どこに良心があるのかわからん。


「ひとまずゴブリンだ。さて、どうしたものか」

「一応テンプレートから作ったモンスターなので、一般的なイメージで大丈夫よ? 日本語で作ってあるから言語の心配も要らないわ!」

「世界創造にテンプレートがあるのかよ」


 聞きたくなかった。


「わ、私だって、これが最初の世界想像なんだから! 上手くいかなくても見逃してほしいっていうかああああああーー!! 毛先を目に入れようとしないで!」


 開き直りは罪だ。

 っていうか、最初の作品を3年も放置すんなよ。


「わかった。もういい。もう裏事情はいい」

「はい……。あ、今は力をあげられないけど。《神器》には私の力がこもってるの。だから《神器》を取り戻せば、私の力も少しは戻るはずだから。その時はちゃんとした能力をあげるわね」

「了解。やっぱり《神器》が先決か」


 その前にゴブリンだが。

 さて、どうしてやろうかと考える。


「ひとつだけ教えておこう。俺の信条は『やられたらやり返す』だ」

「それが?」

「だから。ゴブリンは必ず殺す。必ずだ」

「ひぃっ! 目が怖い!」


 本気だからな。

 絶対にゴブリンは殺してやる。


 モンスター相手に手加減はしない。





     ◇





 俺の取る戦術はひとつ。


 ステルスキルだ。

 要するに、見つからずに敵を倒すこと。


 その中でも、死にゲーなんかではバックスタブと呼ばれる攻撃方法を取る。

 気づかれずに背後から一撃、ってやつだな。


 昔の話ではあるが。

 俺自身の存在感のなさのせいか、かくれんぼでは負けたことがない。


 たださっき実感したように。

 ひきこもりの分、腕力も武力もないので、見つかればまた殺されるだろう。


 ゴブリンと対等に渡り合うにはそれなりの実力が必要だということだ。

 異世界の駆け出し冒険者だって、部屋に閉じこもって生きてないもんな。


 ロード空間から戻ってきて、俺はすぐさま草むらに隠れる。

 さっきは女性が悲鳴を上げながら逃げてきたので、そこへ躍り出たところで殺されたのだ。


 迂闊な自分を思い出して呪いながら、地面へ視線を走らせる。


 殴るには手頃な大きさの石を発見し、抱え上げて待つことにした。

 それとは別に小さくて軽い石も確保しておく。


「はっ、はっ、誰か! 誰か!!」


 必死に走る女性が道を進んでいく。

 だが、彼女は地面から出た根っこに引っかかり転んでしまった。


「うっ!」


 呻きながら起き上がろうとする彼女だが、背後に迫る気配を感じて振り向く。

 そこには下品な鳴き声を上げながら、ニタリと笑うゴブリンがいた。


「あっ……あぁっ……」


 女性の顔は絶望に染まり、ゴブリンは狩りの成功を確信して油断し切っている。


 ――前回は、ここで太い木の棒を拾って応戦したんだよな。


 殺された瞬間が脳裏に思い出され、沸々と怒りが湧いてくる。


 どうして俺があんな雑魚に殺されなければならないんだ、と。

 俺は狩る側。アイツは狩られる側だ。


 尻もち状態で後退する女性は木の幹にぶつかり、ゴブリンを恐怖の顔で見上げる。

 ゴブリンは今まで以上に笑いながら、棍棒を振り上げた。


 ここだ。

 ゴブリンが最も油断した瞬間。


 俺は小さい石を投げ、ゴブリンの向こう側に着弾させた。

 ゴブリンは物音に反応して、そちらを向く。


 つまりは、俺に背中を晒したってわけだ。


 俺は素早く静かに草むらから出て、ガラ空きの後頭部へ石を振り上げ、


「くたばれ!!」


 思いっきり振り下ろした。

 鈍い感触。それとなにかが砕けた音が響き渡る。


 ゴブリンは受けた衝撃そのままに倒れ込み、地面へと這いつくばった。

 だが死んだかどうかはわからない。


 ので。


「これは俺の分!」


 叫びながら、倒れたゴブリンの後頭部へ石を投げつけた。

 再度、脆いものが砕けた音と共に石が転がっていく。


 二度の致命攻撃を受け、ゴブリンはピクリとも動かなくなった。

 さすがに演技じゃないだろうな、と思いながらも頭を蹴って確認する。


 よし。もう動かないな。


 俺を殺した罰だ。

 先に殺したんだから、殺されても当然だろう。

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