死にゲーマーの死に戻り異世界転移 ~え!? たった15日で世界救済を!?~

伊達スバル

第1章・1日目

引きこもり、死ぬ

「うおっ! あぶねっ!」


 木の棒で棍棒を受け止める。重たい衝撃で腕がジンと痺れた。

 

 なんとか押し返し、体勢を戻す。

 棍棒を振るう異形の相手――いわゆるゴブリンは片足で跳ね回っていて、非常にうざい。


「くそっ。なにが異世界転移だよ!」


 ああいうのって能力にチートとかあるんじゃないのか?

 着の身着のまま。黒いジャージで召喚されちゃたまんないっつの。


 ゴブリンは不意に飛び上がり、脳天からの一撃を見舞ってきた。

 またもや木の棒で受け止めようとするものの、さすがに折れてしまう。


「チッ! やっぱ拾いもんじゃ……!」

 

 舌打ちをして砕け散った木の棒を目で追う。

 瞬間。ゴブリンの追撃が迫り、


「あっ、やべ」


 それが俺の最期の言葉になった。






     ◇






「おい。死んだんだけど」


 目が覚めると、謎の真っ白い空間だった。

 ゴブリンに殺されるなんて夢見の悪い結末だったが、不思議と受け入れている自分がいる。


 所詮、普通の日本人高校生だ。

 あんなモンスター相手に対抗できるわけもない。


 俺はこの白い空間で佇んでいる女神――俺を拉致同然に異世界転移させたフリジアに声をかけた。

 フリジアはあからさまに目を逸らしながら、指をもじもじさせている。


「えっと……速水理人はやみりひとさん。貴方の冒険はここで終わってしまったみたいね。しょがないわ。貴方がゴブリンに負けるほど雑魚だっただけだもの」


 呑気に言ってのける女神の苦笑を受けて、血管が切れる音がした。


「ふざけんなよコラ! 勝手に転移させられて、どこかも知らない森に飛ばされて、襲われてる女性を助けようとして、ゴブリンに殺されて終わりだぁ!? 理不尽も大概にしろや!!」

「ああ、ごめんなさいごめんなさい!! だから髪の毛を引っ張らないで!」


 こうでもしなきゃ腹の虫が収まらないってもんだ。

 ネットゲームをしてる時のブチギレ具合に近い。さすがにこんなにキレてたら、ボイスチャットは通さないけど。


 しかし、あの女性も、と思い出す。

 まさか助けに来たやつがゴブリンに殺されるなんて、思ってもなかっただろうな。


 そう考えると、幾分落ち着きを取り戻せる気がした。

 目の前で人間を――助けを殺されて、あの女性の方が可哀想だな、と。


 ただ、今のでわかったことは。


 フリジアの金の髪の毛はすげぇサラサラしてて、触ると気持ちがいいってことだ。

 腰まで伸びてるのに全然パサついてない。さすが女神だ。


 女神は涙目になりながら、ぼそぼそと弁明を始める。


「だって……リヒトが私を女神と信じないで、幻覚とか妄想扱いするから『ちょーっとだけ痛い目見せちゃおっかなぁー』って思っただけで」

「それだけで人が死ぬ環境に送るなよ」


 呆れながらため息を吐く。

 そりゃ誰だって自分の部屋に突然、金髪ストレートの白い羽衣羽織った美少女が現れたら「俺ハジマッタな」って思うよ。真っ先に何らかの精神疾患を疑うわ。


 めそめそするフリジア。

 だが、こうしていても状況は好転しないので雰囲気を変えることにした。


 本来なら初対面の相手にこれだけ横柄な態度は取れない。


 だが、死地に送られたという恨みと、既にキレ散らかしてしまったという事実がある。

 それによって、俺は砕けた口調を選ぶことにした。


 相手は女神だ。人間だと思わなければ、なんとかなるだろ。

 人間と顔を突き合わせて会話するのは苦手だけど。


「で? 俺は終わり? 死ぬの? まさかそんなわけねぇよな?」

「だ、大丈夫よ! 今のはほんのチュートリアルだから!」


 何も教わってねぇんですけど。

 ゴブリンに真っ向勝負では勝てない、ってことぐらいか。


「そもそも。引きこもりゲームオタクコミュ障陰キャ高校生の俺に、世界を救うなんてできるわけねぇだろ。チートのひとつやふたつないとさ」

「そ、そこまで自分を卑下しなくていいんじゃない? ほら。顔だって整えればいい感じだし」


 気付くと、俺は視界が良好であることを認識する。

 前髪を触ろうとするが、鼻先まであった髪の毛が消失していた。しかも、視界の外側を覆うフレームも存在しない。メガネがないのだ。


「おいおい! 俺は人と目を合わすの苦手なんですけど!? そのための前髪と伊達メガネだったんですけど!?」

「えぇっ!? てっきり顔に自信がないのだとばかり! でも大丈夫! 普通よ! 中の中、いや中の下かも痛い痛い! 髪の毛はやめて!」


 コイツ。せめて褒めろや。

 フツメンなのは自分が一番わかってるっての。特徴がない一般人の顔だ。


「マジか。目を露出しなきゃならんとは」


 それだけが考えるだけでツライ。

 俺は掌で目元を覆って俯いた。


「そ、そこまで? じゃあいいわよ。ハイ。女神の力で、仮面を作ってあげたから」

「鬼みてぇになってんすけど!?」


 フリジアが渡そうとしてきた、赤鬼そのものの仮面を突っ返す。


「えぇ!? イケてると思ったのに!」

 

 それがお前の美的センスなのか。

 普通って言われたことにむしろ自信なくすわ。


「わかったわよ。じゃあどんなのがいいの?」

「目立たないやつ」

「即答……なら、こっちね」


 フリジアの掌には、白く無骨な仮面が生み出された。

 目元だけを覆うタイプで、鼻も口も出てしまうが、目の周辺がなんとかなればいいだろう。


 俺はそれを受け取り、装着した。女神が生み出したからか、ピタッとハマり、なんの抵抗もない。

 ともすれば、仮面を着けていることを忘れてしまいそうなフィット感だ。


「おお! これはいいな! ん、あれ、あの、外れないんですけど?」


 嫌な予感を抱きながらも、俺はフリジアに訊く。

 すると彼女は自信満々に無い胸を張って。


「取れるわけないでしょ! 私の特注品よあだだだだ髪の毛やめてって!!」


 ダメだ、コイツは。なにかやらせるとポカばかりだ。

 既に俺の中で女神フリジアは、妹と同レベルの扱いまで下がっている。ちょっとぞんざいなくらいが丁度いいのかもしれない。


 なんてことを考えている内に、さっさと話を進めた方がいいことに気付く。


「はぁ……で。俺はどうなるんだ? 死んだわけだけど」


 目元の心配をしておいてなんだが、そっちの方が重要な問題だった。

 ある意味、現実逃避をしていたに近い。


「当然生き返るわ。といっても、時間を戻るのよ。わかりやすく言えば『ロード』ね」

「へぇ。じゃあ『セーブ』はいつしたんだ?」

「あっ!」


 フリジアは「忘れてた!」と言うように驚き、両側のこめかみに人差し指を当て始めた。

 俺の背中には一気に冷や汗が噴出する。


 おいおい。この女神のやることだ。「セーブしてなかった、てへ」とか言って、本当に死ぬんじゃないだろうな。それだけは勘弁してくれ。マジで。洒落にならない。まだ死にたくないぞ。


「だ、大丈夫! 転移してきた瞬間に『オートセーブ』されてたわ! さすが私!」

「お前は忘れてたんだろうが!」

「は、はい。申し訳ございません」


 こればかりは冗談ですまない問題であることを認識しているのか、フリジアも素直に頭を下げる。


「で。じゃあ俺に与えられた能力ってのは、もしかして『セーブ&ロード』ってやつか?」

「いいえ。リヒトは死んだらここに戻ってくるだけ。そういう能力よ」

「ん? んん?」


 それはどういうことだろうか。

 俺が理解に苦しんでいると、フリジアは得意げに説明を始める。


「リヒトは死ねばこの空間に戻ってこれるけど、ロードは私がやるしかないの。世界の時間軸に干渉するような大規模能力の使用はさすがに私じゃなきゃ……」

「いや、いい! そういうのはいいから! じゃあセーブは? セーブもお前が?」

「いいえ。オートセーブのみよ。6時間に1回だから、1日4回ね!」


 なるほど。


 オートセーブされたデータのロードをしたければ、俺は死ぬ必要があると。


 なるほど、なるほど。


「ちょっとカワイイからって調子乗るなよ! それじゃあ俺は何度も死ななきゃならないのかよ!?」

「ひぃぃ! そのとおりですー!!」


 最早、髪の毛を引っ張っても抗議しなくなった。できないのかもしれない。


 そりゃそうだ。俺だって本気でキレてる。

 誰が好き好んで、ロードするために死ななければならないのか。


 死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。

 それに、ゴブリンに殺された瞬間に体験してわかったのだが。


 あの、ゆっくりとした「あ、俺死ぬんだ」という認識の時間が一番怖いのだ。

 

 自分が自分でなくなっていくというか。

 自分が消えていってしまう感覚で。


 正直、もう二度と味わいたくない。

 死ぬならせめて安楽死、っていうか寝てる間がいい、と心から思った。


「あの、普通にロードさせて欲しいんですけど」

「私だってそれができればやってるんですけど!?」

「なんでコイツ、逆ギレしてんの!?」

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