13 真実
「アディリル」
彼はハッと息を呑み、それからあたりを見回した。
「イズナス陛下は」
「……この中だって」
私は目を逸らしながら答える。
すると、彼は私の横をすり抜けざま、言った。
「ここで待ってて」
(は?)
聞き返す間もなく、ルードは中に入っていく。
(何で私が待たなきゃいけないのよ。それに、イズナス様にお会いしたくない)
キャシーは戸惑った風に頭を動かしたり、軽く足踏みしたりしている。
(後はルードに任せて、ニューバルをつれて戻ろう)
ニューバルの方へ踏み出しかけた時、ルードが出てきた。一人だ。
「ちょっと、イズナス様は?」
思わず聞く私にぐんぐん近づいてくるので、つい一歩下がる。
彼を憎んでいるのと同時に、私は彼が恐ろしい。肩を焼かれた記憶がよみがえるからだ。
ルードは立ち止まり、私とまっすぐ向き合った。
「イズナスは中で気を失っている。空気が薄くなったせいだろう。じきに目を覚ます」
「えっ」
私は絶句した。
(今、呼び捨てにした? イズナス、って?)
ルードは苦しげに顔を歪め、逸った口調で言った。
「今なら誰も聞いてない。アディリル。やっと……言える。僕は君が戻ってくるのを待っていた」
彼は、目に強い光を宿している。
「君の肌を焼いたあの日、絶対に取り戻すと誓った。ようやく、待ち望んでいた機会が来たらしい」
「な、何? 何を言ってるの?」
うろたえる私に、ルードは言った。
「六年前の真実を、イズナスから聞き出そう。来て」
ふらり、と、私はルードの後に続いて坑道に入った。
イズナス様と、その護衛が二人、気を失って倒れている。
ルードはイズナス様の頭の上に右手をかざした。魔法文字を彫る爪をつけた手で握られた石版が、ぼうっと緑に光る。
私は息を呑んだ。
「ちょっと、何するつもり!?」
「質問をするだけだ。……イズナス。アスキス暦二百五十年を記念する神事を覚えているな」
彼の声は冷たい。
国王陛下にこんな口のききかたをする人なんて、見たことがなかった。
イズナス様が目を閉じたまま、わずかに眉を潜める。口がうっすらと開いた。
「あ……ああ……覚えている」
「あの時、お前が、お前の兄に何をしたのか、説明しろ」
「何を、したか……」
かすれた声で、陛下は続けた。
「兄上を……刺した」
「!」
私は自分の身体がこわばるのを感じた。
(イズナス様が、刺した)
もちろん、それしか考えられない状況だった。それなのに今、にわかには信じられないのは、イズナス様が神の子孫だからだ。
ルードは続けた。
「では、なぜ、聖女騎士アディリル・スフォートが刺したと言った?」
「聖女……聖女は、王国のために存在する。身代わりだ」
イズナス様はつぶやく。その口元に、うっすらと笑みが浮かんだ。
「……兄上は、神に選ばれた王。その王に成り代わるなどという罪深い行為……恐ろしい。どんなに臣下に勧められようと、できるものか。たとえ私が新王になって、国民が表面では私を敬っても、心の中では『神殺し』と蔑むに違いない。しかし、聖女がやったことにすれば、国民の悪意はすべて彼女に向かう」
私は思わず、口元を押さえた。
イズナス様の口からは、ずるずると告白が続く。
「あの日、兄上に渡り廊下へ呼び出された。臣下どもがイズナスを担ぎ上げようとしていることは知っているぞ、と言われた。お前は神である私に成り代わろうというのか、私こそが神だ、お前はいらないと言われ、儀式用の剣を向けられた。そこへ……聖女が現れた」
あの時のことが、私の脳内に鮮やかによみがえる。
アスキス様がイズナス様を殺そうとし、私はアスキス様だと気づかずにイズナス様を助けた。
イズナス様は陶酔した口調で言った。
「まるで、天啓のようだった。初代の聖女騎士ナイアは、王国に身を捧げて生き、そして死んだ。そう……聖女とは、そういうものなのだ。アディリルもまた、一切の罪を引き受けて、私のために死んでくれる。私は、兄に成り代わることが許される……」
気がついたら、私は坑道の外に出ていた。
キャシーがキュウンキュウンと鳴いて、私に顔を近づける。心配しているらしい。
私は黙って、キャシーの首に抱きついた。
(イズナス様の罪を被って死ぬことが、私の使命? ……そんなの変だ。これじゃあまるで、イズナス様は、神様を言い訳に使っているみたいな)
ルードが、坑道から出てくる気配がした。そして、私に告げる。
「イズナスは、傾きつつある国の行方と、自分の保身を天秤にかけて、自分を選び続けていた。だから神事の日まで、自ら行動を起こさなかったんだ」
「…………」
何も言えずにいる私に、ルードは低く言う。
「イズナスは神じゃない、人間だ。しかも、王の器ではない人間だ」
坑道の中で、小石の転がる音が反響した。イズナス様が目を覚ましたのだろう。
ルードは、一度大きく深呼吸した。
そして、まるで何かを切り替えたかのように身を翻し、坑道に駆け寄った。
「陛下。ご無事でしたか」
「う……」
「駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません」
ルードが手を貸し、イズナス様が洞窟から出てくる。私はあわててひざまずき、頭を深く垂れた。顔を見られたくない。
すると、ルードが続けた。
「陛下、兵士たちが不安がっております。尊いお姿を皆にお示し下さい」
イズナス様は軽く頭を振り、瞬きをした。
「ああ……うん、そうだな。そうだ。私はそのために来たのだ」
「ここに竜騎士がおります。竜が陛下を運んでくれましょう。投石機はすでに破壊され、もはや空に脅威はありません」
「わかった。では行こう」
(わ、私? 私が運ぶの?)
私は動揺したけれど、実際にサーデットの兵士たちは今、戦っている。皆が陛下を心配しているだろう。無事を知らせなくちゃいけない。戦況はそういったことで変わるものだから。
私は顔を伏せたままキャシーに駆け寄り、先に乗った。
「さあ、陛下。私が後ろで支えます」
ルードがイズナス様に手を貸し、私の後ろに乗せる。そして自分も、その後ろにまたがった。
(ルード、何かするつもり?)
動揺が収まらないまま、私は軽くキャシーの首を叩いた。
私の意をくんだキャシーは、翼を大きくはばたかせ、助走を始めた。
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