12 戦場

 その日、私は砦の歩廊に上り、見るともなしに西の森の景色を眺めていた。

 すると、森の彼方に黒い影がポツンと浮かび、見る見るうちに大きくなった。近づいてくるのは、竜だ。一頭だけで、他の竜の姿はない。

「キャシー!」

 私はあわてて、歩廊から中庭へと駆け下りる。


 ズシン、と音を立てて、キャシーが中庭に着地した。動きにおかしなところはないので、怪我はしていないようだ。

 しかし、ニューバルが乗っていない。

「あっ!?」

 私は息を呑んだ。

 鞍と手綱に、血がついている。

「ニューバルに、何かあった?」

 そうキャシーに尋ねると、頭の中にキャシーのイメージが流れ込んできた。混乱、武器、落ちていく人影。


 キャシーは一声鳴くと、私のお腹に頭をぐいぐい押しつけてくる。

 乗れ、と言っているのだ。

「ニューバルは生きてるのね? 助けないと。……でも」

 砦を出ることは禁じられているし、何より私が、ここから出ることを恐れている。

 ためらったけれど、キャシーは私の服をくわえて引っ張った。

「……わかった。でも、ニューバルを助けたらすぐに離脱するからね。待って、武器を持ってくる」


 私はいったん、離れの部屋に駆け戻った。念のために、目立つ赤毛を隠そうと、マントを着てフードを被る。そして、手に馴染んだ武器である棒を手にキャシーのところへ戻った。

 久しぶりに、その背にまたがる。

「行こう」

 キャシーはドッドッと数歩走り、そして地面を蹴った。


 視界が開ける。緑の森が広がり、その向こうに岩山、そして薄曇りの空が広がっていた。

 風を受けて飛んでいきながら、私は気分が高揚するのを感じていた。

(ああ、久しぶりだ。心がほどけていくみたい。飛んだ時のこの気持ちよさ、忘れてたな)

 開放された心で、私は考える。

 竜と一緒にサーデット王国を守ることが、神様から頂いた使命だと思っていた。だって、竜と心を通わせるという、特別な能力を授かっていたから、疑いようがなかったのだ。

(でも、もしそうなら、どうして私は罪人として追放されることになったんだろう? そして、どうして戻ってくることになったの? 何の、ために……)


 遠くに、細く煙がたなびいている。あのあたりが戦場だろう。

「キャシー、見つかっちゃうから、森すれすれまで下がって飛んで。そして、ニューバルのところへ連れて行って」

 身体を伏せながら話しかけると、キャシーはすぐに高度を下げた。

 

 木々が少なくなっていき、現れてきた岩山の間をキャシーは飛ぶ。

 山間を抜けると、採掘する人々が暮らす町が見えた。しかし、町の半分ほどは家々がつぶされて壊滅状態。町の外では戦闘が続いているようだ。

「投石機が見える」

 私はつぶやいた。

 敵方は二機の投石機を用意していたらしい。竜対策だろう。けれど二機とも壊されているところを見ると、サーデット側はやられつつもようやく投石機まで攻め入って破壊し、今は地上戦になっているというところか。


 キャシーはぐるりと旋回し、町の手前、岩山の中腹にある見晴らし台のような岩場に降りた。

 そこには一頭の竜が、崩れた岩に半ば埋もれるようにして落ちていた。乗り手の騎士は放り出された場所で事切れており、竜は息はあるけれど動けないようだ。


 そして、少し開けた場所の岩に寄りかかるようにして、ニューバルがいた。右肩がおかしな形になっている。骨が砕けたのか。


「ニューバル!」

 キャシーから降りて駆け寄り、何度か呼びかけるうちに、彼はうっすら左目を開いた。

「……アディリル」

「砦で手当を。私が支えるから、キャシーに乗って」


 すると、ニューバルはかすれた声で言った。

「陛下、を」

「えっ」

「イズナス、陛下を、先に。……そこの、中」

 ニューバルの視線が動き、私はその先を見た。

 坑道の入り口だ。崩れて埋もれてしまっている。

「投石から……避難する、ために……」

 彼の声が途切れる。再び気を失ってしまったようだ。


(サーデット軍は、この町を拠点にしていたはず。イズナス様は兵士たちを鼓舞するために町に来た。この見晴らし台に上ったのは、兵士たちに演説をするため?)

 そこへ投石機の攻撃が始まり、騎士たちは陛下を坑道の中に避難させて守ったけれど、岩が崩れて……ということだろう。ニューバルも、岩が当たったのか気を失ってしまい、キャシーは困って私を呼びに来たのだ。


「キャシー、ここの岩をどかせる?」

 私が指示すると、キャシーは坑道の入り口に近づき、片足を上げてちょいちょいと岩を引っかいた。ごろっ、と手前に岩が落ちる。

 いくつかの岩をどかすと、人が出入りできる隙間ができた。けれど、中からは誰も出てこない。


(イズナス様も怪我を? どうしよう、入ってみるべきかな)

 迷った時――


 背後に、気配がした。

 はっ、と振り向くと、岩の間を上ってきたのは白いローブ姿の男。


 ルードだった。

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