奥の部屋
王子
奥の部屋
島を出て全寮制の高校へ進学しようと決意したのは当然だった。
全ての私物はダンボール一箱に収まり寮に送られた。制服、教科書や筆記用具、下着と私服。漫画もゲームもぬいぐるみもなかった。それが普通だと思っていた。
狭いながらも愛着のある部屋。この家で唯一心休まる場所。片付いてしまうと、よそよそしく感じられる。勉強机だけがぽつねんと取り残されていた。
これで、【奥の部屋】とも離れられる。
一つ屋根の下、女三人で肩を寄せ合って生きていくのは、あまりにも息苦しかった。母と、祖母と、私。家の中では皆が他人のような顔をしていた。食事の時間以外はそれぞれの自室にこもり、お互いが何をしているのか知れなかった。食事の席でさえ会話は無く、ただただ口に押し込まれていく品々と、終始無表情の三人を、ワット数の低い電球がぼんやりと照らしていた。暗黙の内に干渉無用であったし、興味も無かった。
中学二年生の夏休み、初めて友達の家でお泊りをした。夕方五時の門限と外泊禁止のルールを固く守り続けてきたことを母に訴え、「今回だけ」という条件をのみ、ようやく勝ち取った機会だった。思えばこれが一番のわがままだった。胸を躍らせながら、洗面用具と着替えをバッグに詰めた。
ミナは一人っ子で、優しそうな父親と愛想の良い母親を持っていた。私には父親の記憶が無かったから、まじまじと観察したのを覚えている。一般の家庭には父親と呼ばれる大人の男性がいると知ってはいた。夕食の時間も、動物園で初めてオランウータンを前にしたみたいに父親を眺めていた。話を右から左へ聞き流し、箸すら止まっていた私を見て、ミナは「私のお父さんだからね」と目を吊り上げた。父親は「まいったなぁ」と笑い、母親は席を立って私を後ろから抱き「またいつでもおいで」と囁いた。私の家庭事情を知っていたのだろう。
たったの一泊二日が、忘れられない経験になった。暖色系の照明の下、皆で顔を突き合わせて温かい料理を口に運び、微笑んだまま子供の話に相槌を打つ大人がいて。各々食器を流しに置いてトランプをすれば、真剣な表情でカードを睨み、誰かが「上がり!」と声を上げれば突然わっと湧くように全員が笑う。あれが普通の家族の
うちにも父親がいたら、母が結婚と離婚を繰り返していなかったら、私も毎日あんな風に笑えていたのだろうか。
翌日、自宅の玄関を開けると母の怒号が聞こえた。台所に駆けつけると、祖母が手にしている茶碗に土が盛られていた。この日から母は介護に追われることになった。
祖母はたまに、うわ言のように呟く。静まり返った食卓で、あるいは廊下ですれ違いざまに。話すことは様々で、支離滅裂なことも多かった。「水が来るよ」とか「あの子のためだったんだ」とか「かわいそう、ごめんなさい」とか。その度に母は「やめて」とたしなめた。祖母の呟きには「水」がよく出てきた。始めのうちは、喉が渇いているのかとコップに水を汲んで差し出したり、トイレに行きたいのかと思って「早く行ってきなよ」と声を掛けたりしたものだが、首を横に振るばかりだった。そして「水が来る、水が来る」と低く唸りながら自室へと引っ込む。最近では、私も母も放っておくようになった。孫にも実の娘にも無視される祖母。それでも、かわいそうだとは思えなかった。祖母に可愛がられた覚えが無かった。
祖母の呟きは形を変えて繰り返されていたが、その中で一度だけ、母が
「お母さん、やめて!」
母が立ち上がった勢いでテーブルが激しく揺さぶられ、味噌汁がこぼれた。
あまり叱られたことがなかったから、母の大きな声を聞いたのは、祖母が茶碗に土を盛ったとき以来だったと思う。そのときよりも激しく、明確な敵意が
リョウ。
なぜか懐かしい言葉に思われた。人の名前だろうと見当を付けたものの、この日以降祖母の口からその名が呼ばれることは無かった。祖母が泣きながら謝った人、リョウ。どこかで会ったことがあるだろうか。付き合いのある親戚も無く、思い当たる人はいなかった。
奥の部屋が意識されるようになったのは、その日の夜からだった。ここは物置部屋になっていて、普段は誰も立ち入る用が無く忘れ去られていた。窓は厚手のカーテンで覆われていて、何年も開け放たれてはいなかった。掃除もされず、無造作に放られた不用品達に
要らなくなったものを運び入れるときだけ開かれる扉、邪魔になったものを視界からどけるためのスペース。ただそれだけだった。それだけのはずだった。その日までは。
壁一枚隔てて隣り合っているのが私の部屋だった。誰も足を踏み入れない部屋の隣、でもゴキブリを見たことも無ければ、ネズミの足音を聞いたことも無かった。
寝る前、図書館で借りてきた本を読んでいるときだった。
ギュッ。ギュッ。
音。自室ではない。でも、さほど遠くにも感じられなかった。家鳴りはよくあった。ミシッ、パキッ、といった音だ。でもこの音は違っていた。まるで、忍び足で床板を踏むような。
気のせいだろうと本に意識を戻した。読んでいたのは短編ホラー小説集だった。
ある日、少年は釣りをしようと川に
ぽたり、ぽたり。
少年の頬に水滴が落ちる。空を見上げる。快晴だ。雨粒を落としそうな雲は見当たらない。魚が跳ねたわけでもなさそうだ。
ぽたり、ぽたり。
どこからともなく頬に落ちる水の粒。少年は辺りに視線を走らせる。何も無い。誰もいない。ゆっくりと間隔を空けて、でも確実に落ちてきて顔を濡らす。水。水。水。
ぽたり、ぽたり。
気味が悪い。少年は何もかからなかった釣り針を引き上げる。さっきまでは何も感じなかったのに、誰かに見られているような気がして、ぶるりと体を震わせる。爽やかな早朝の空気が、急に湿り気を帯びて重くなったように感じられた。日陰でもないのに、冷気が足元に忍び寄る。
ぽたり、ぽたり。
ここにいてはいけない。頭が危険信号を告げている。下腹のあたりがきゅうっとなる。少年は、絶えず頬を滑り落ちていく水に構わず、河原を駆け出す。大人の言うとおりにしていればよかった。来なければよかった。急に心細くなる。近くには誰もいないし、普段からめったに車もとおらない。
ごろごろと小石が敷き詰められ足場は悪い。全力で走って逃げたいのにもどかしい。
逃げる? 何から? 分からない。ただ、全身がその場から離れろと叫んでいる。
あっ、と思った瞬間、もう遅かった。受け身をとる間もなく、顔から全身まで
少年は苦痛に
ふと、顔に影が落ちる。閉じた
ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり。
水が、さきほどよりも短い間隔で頬を打つ。ついに来たのだ、と少年は思う。目を開ければ見てしまうだろう。自分の顔を覗き込む、何者かの姿を。少年は体を
やがて、すっと日の明るさが戻ってきて、じりじりと顔を焼く。痛みは残っているが、体は心なしか軽くなった気がする。目を開けると一点の曇りもない青空が広がっている。少年は立ち上がり、釣り竿やら網やら
一部始終を親に話して聞かせると、両親は顔を見合わせて「あの歌だ」と言う。その村だけで歌い継がれていた
晴れた川辺に雨が降る
ぽつりぽつりと雨が降る
赤いおべべの男の子から
おいでおいでと手を出せば
水が来るよ 水が来るよ
両親から話を聞いた村人達が川を見に行ったとき、もう赤い布は無かった。この童歌は再び歌い継がれるようになったという。
この話はここで終わっている。私の想像に過ぎないが、大昔に男の子が亡くなった川なのだろう。赤い服を着た男の子は、川に近付いた人に干渉する。理由は分からない。寂しかったのか、いたずらなのか。あるいは、歌い継ぐことをやめたからかもしれない。わからないからこそ、ホラーは怖いのだ。
それよりも、この歌詞。
水が来るよ 水が来るよ
寒気が走る。祖母の言葉にも、何か意味が。
布団をかぶった。寝入るまでに、何の物音もしないように祈りながら。
夢を見た。
もう一人、祖母の手を握っている子がいる。男の子だ。私よりも小さい子供。足取りはたどたどしく、歩けるようになって間もないのかもしれない。知らない子供だった。私に弟は無く、従兄弟もいない。派手な浴衣を着ていた。深紅の布に溶け込むように、鮮やかな赤の金魚が泳いでいる。
屋台を巡り、花火を見て、ひととおり楽しんだ私達は家路につく。
街灯の無い暗い夜道。祭り会場から離れるにつれ、
「ここで待ってて。戻ってくるまで動くんじゃないよ」
祖母が私の手を放した。男の子だけを連れて、川沿いを進んでいく。呆然と立ち尽くしている幼い私。暗闇が恐ろしくて身動きが取れないのかもしれない。
バシャッ。
音がした。水を叩く音。
バシャッ、バシャバシャッ。
かすかながら途切れることなく耳に届く。闇の向こうで何が起きているのか。祖母は、男の子は、どこにいるのだろう。やがて川の流れる音だけが残り、静寂が訪れる。
「行くよ」
祖母がぬっと現れ、私の手を取る。濡れている。袖から水が
祖母の袖から水滴が伝う。私の手を、腕を、
ぽたり、ぽたり。
水が顔を這う感覚に飛び起きた。全身にじっとりと汗をかいていた。額から大粒の雫が垂れた。
夢だ。これは夢だ。夢であるはずだ。それなのに、どういうわけか、記憶を強引に掘り起こされたような気がした。あの祭に、あの川に、私は行ったのかもしれない。祖母と一緒に。ただ、あの男の子のことは思い出せない。
額の汗にひゅうと風が当たった。窓は開いていない。閉めたはずの部屋のドアが開いていた。そして、祖母が立っていた。間口から半身を覗かせ、上体を起こした私に向かって。
「水が来るよ」
と言った。
部屋の前をとおり過ぎ、廊下を
寝起きで足取りが
ドアノブを握る。手の汗でひやりとする。なるべく音を立てないよう、ゆっくり、ゆっくりと回す。普段使われていないドアノブ。ギッ、ギッ、と金属の擦れる音が響く。少しずつ扉を引くと、僅かな隙間から
鼓動が早まる。まだ中は見えない。開けてもいいのか。見てもいいのか。これ以上は踏み込むなと警告を発する自分と、確かめずにはいられない自分がせめぎ合う。でも、もう止まれない。私は既に、何者かに干渉してしまっている。
一気に扉を開け放った。閉じ込められ行き場を失っていた空気が、逃げ出すように廊下へ流れる。暗さに目が慣れてくると、徐々に部屋の様子が見えてくる。それほど広い部屋ではない。長らく立ち入らなかったから、この部屋を知っているようで知らないような、奇妙な感覚に襲われた。
祖母はいなかった。隠れられるような場所も無い。身を隠す理由も無い。あの一言だけを残して、
誰かの痕跡は度々見られるようになった。奥の部屋や自室の前を歩くような音がした。閉めたはずの扉が、朝になったら開いていることもあった。ちょうど部屋の中を覗き見られるくらいの隙間で。部屋から一歩出たとき、足の裏にひやりとした感覚を覚え床を見ると、点々と水が続いていたこともあった。奥の部屋から、一滴、一滴。
夏休み明け、ミナが青白い顔で「最近変なことがあって」と話し掛けてきた。聞けば、水の滴る音がするのだという。お手洗い・台所・洗面所・浴室……水周りで。「もちろん蛇口は閉まってるよ」と急いで付け足した。返答に
ほどなくして、ミナは引っ越した。父親は銀行員だった。急に転勤が決まり単身赴任するつもりだったが、ミナが「どうしてもこの家から離れたい」と強く訴えたようで、家族揃って東京へ移った。
決定的だったのは九月の終わりだった。奥の部屋の異変は相変わらずで、慣れてきてさえいた。何度も奥の部屋の扉を開いて確かめたが、変わりは無かった。部屋から床板の軋む音がする、廊下から足音がすると水が垂れている、その繰り返しだった。たまに自室の入り口にまで水が及ぶようになったことと、奇妙な現象の回数自体が増えているのは、気がかりではあった。
その日も廊下に滴った水を雑巾で拭っていた。数滴を拭き終えて腰を上げようとしたときだった。
ぽたり、ぽたり。
背後で水滴が床を打った。振り返る。
ぽたり、ぽたり。
一体どこから。天井を見る。水の染みは無い。どこからともなく水が落ち、床に染みを作っている。
ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり。
途端に、嗅ぎ慣れた黴臭さが鼻を突いた。顔を上げる。奥の部屋の扉にわずかな隙間、細長い暗闇。いつも必ず閉めているのに。どうして。
ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり。
水浸しになっていく床に反比例するように、喉から水分が失われていく。
ぎぃ、ぎいぃぃぃ。
扉が、独りでに隙間を広げていく。少しずつ、少しずつ。誰も開ける必要の無い扉。誰もいないはずの扉。小さな悲鳴を上げながら、暗闇が口を開いていく。
水が来るよ 水が来るよ
ここにいてはいけない。頭が危険信号を告げている。下腹のあたりがきゅうっとなる。分かっているのに、あの少年のようには駆け出せなかった。
ぎいぃぃぃ。
中身を
ギュッ、ギュッ、
何度も聞いた音。聞きすぎて警戒心を抱かなくなっていた音。それが今、私の目の前に迫っている。
ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、
一回踏みしめるごとに、音が大きくなっている。徐々に近付いて来ている気がする。
ギュッ。
止んだ。誰の姿も無い。入り口付近で足音が途絶えたように思われた。
ばさり、と私の足元に何かが落ちた。視線を落とす。目に入ったのは金魚だ。さっきまで水が滴っていた場所に、金魚が落ちてきた。鮮やかな赤い金魚が、深紅の布に描かれていた。
鮮烈な赤が目に焼き付いた瞬間、ふっと体の自由が利くようになった。すぐさま体を反転し、自室に駆け込んだ。扉を乱暴に閉める。布団に飛び込み、うつ伏せになって掛け布団の中に身を隠す。耳を
おいでおいでと手を出せば
干渉し過ぎた。見て見ぬふりをするべきだったんだ。あちらがどれほど干渉してきたとしても。後戻りできないほどに関わり過ぎてしまった。だから、来てしまった。
ぎぎぎ、ぎぎぎぎ。
扉が開く。奥の部屋にいた何者かが、廊下を濡らし、ついに私の部屋に。
ギュッ、
いつもは壁の向こうから聞こえていたのに。今はこんなにも近くで。
ギュッ、
息を殺す。なるべく気配を消す。絶対に干渉しない。無反応を貫き通す。もう、手遅れかもしれないけれど。
ギュッ、
標的を定めた捕食者のように、一歩ずつ足音が近付いてくる。
ギュッ。
止まった。静寂が訪れる。真横だ。すぐそこにいる。布団の中で酸素に喘ぐ。苦しい。大きく息を吸うことはできない。早く、早く過ぎ去って。
ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、
初めは何の音か分からなかった。極度の緊張状態で研ぎ澄まされ過敏になった感覚が、手掛かりを脳に伝える。後頭部のあたりに、小さな振動。ぽつ、ぽつ、と音に合わせて。かぶった布団を何かが打つ振動に違いなかった。
想像する。
布団に身を隠す私。すぐ横に影。顔を下に向け、小刻みに揺れる布団をじっと見つめている。その指先か、髪の毛の先端から、雫が一つ落ちる。ぽつ。乾いた布団を打つ。影は動かない。ただ私の側に立っている。その間にも布団は湿っていく。
ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、
途切れることなく続く音。秒針のように、あるいは扉をひたすらノックするように、私を追い立てる。このまま布団の中で溺れるとしても、これと面と向かうよりはまともだと思えた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
小さな振動が消えた。代わりに、ギュッ、ギュッ、と床を踏む音がした。枕元から遠ざかっていくようだ。諦めてくれたのか、何らかの目的が果たされたのか。とにかく、無限に続くかと思われた地獄から解放された。できる限りゆっくりと息を深く吸い込み、吐き出す。それだけで少し楽になった。
ギュッ、ギュッ、ギュッ……、
まだ顔を出す気にはなれなかった。目を閉じたまま、張り詰めていた体から力が抜けるのを待つ。浅い呼吸を繰り返し、高速で脈打つ鼓動を
すうっと、足先に冷気。瞬間、足首に冷たいものが触れた。強い力で締め付けられる。えっ、と思っている間に体が布団を滑った。掛け布団から引きずり出された。反射的に布団を掴もうとして手が空を切る。右足首に加わる力が更に強まる。声が出ない。ただ後ろ向きに引きずられた。布団が遠のく。廊下の床が濡れていて冷たい。奥の部屋に引きずり込まれ、目の前でバタンと扉が閉まった。
暗闇の中、べたりと張り付くような湿り気、足首の痛み、黴の匂い。そして、
ぽたり、ぽたり。
耳のすぐ横で、雫が床を叩いた。全身の電源が落ちるように、私は意識を手放した。
感傷に浸っている暇はなかった。思い出したくない記憶に絡め取られる時間も。
こざっぱりとした部屋を出る。奥の部屋の扉は閉ざされていた。あの後、目覚めたら布団の中にいた。でも、夢とは思えないほど生々しい感触を、右足首が覚えていた。他には何も残っていなかった。床に染みを作っていたはずの水滴も、鮮やかな金魚も。
祖母が手を引いていた男の子が誰か、今になってぼんやりと分かるような気がする。母に男運が無かったのか、見る目が無かったのか、それとも母自身に問題があったのか。母は人生を仕切り直すように結婚と離婚を繰り返していたらしい。母の口から聞いたのではない。家に残るわずかな痕跡からでも、子供は敏感に嗅ぎ取るのだ。
夫をとっかえひっかえする娘を見て、祖母は何を思ったのだろう。普通の親ならば、娘の幸せを願うだろう。そのために手段を選ばないことも、禁じ手を使うこともあるのかもしれない。
これは私の邪推、到底信じがたい推測だ。例えば、母が何人目か分からない男と深い仲になり、その間に子供ができてしまったとして。男がのらりくらりと籍を入れない内に子供が生まれ、その子がリョウと名付けられ、ある日ふらりと男が姿を消したとして。過去の夫との子である私と、逃げ出した男との子である幼いリョウがいて。女手一つで二人の子供を育てていけるだろうかと、祖母は行く末を案じるだろう。祖母の頭を良からぬ考えがよぎる。あんな男の子供を、娘が育ててやる義理があるのか。いっそのこと、あの男と娘を結び付けるものは全て取り除いてやれはしないか。
食卓での言葉は、後悔からの
全く馬鹿げた空想だ。祖母と祭に出掛けた記憶が本当に夢なのであれば。
玄関を出て、家を見上げる。あそこに私の部屋、その隣に奥の部屋。あの部屋には何がいるのか……考えたくもない。出ていく私には関係無い。戻ってくる気も無い。母と祖母にとっては、この家が
幼い頃の記憶があやふやな私ですら、あんな目に遭ったのだ。母と祖母には、どんな干渉があるのだろう。私の知ったことではない。この家では互いに干渉無用なのだし、あの二人の行く末には興味も無い。
奥の部屋 王子 @affe
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