第6話 お盆のカナブン
またまた、お盆のこと。
お盆も過ぎた八月も末の頃。
うちの子の新学期が始まってバタバタとしていた時です。
母が、「そうそう」と何かを思いついたように話し始めました。
「毎年、お盆になると、なんかあるやん」と母。
なんかあるとは、うちの母はお盆になると、見えない影を見たりすることでしょう。本当に見たのか、そう見えたのかはわからないところではあります。
「今年はなんも言わんかったやん」と私。
今年のお盆は平和に過ぎたんだな。と思っていたのは、ただ母が言っていなかっただけでのようでした。そこで「なにがあったん?」と聞きますと。
「今年な仲のいい近しい人のお葬式に行ったんよ」
「そっか」
さびしいことだなと思っていたら
「この13日に、お風呂に入って頭を乾かしていたら、なんか黒いものが飛んできてん」
「えっ……」
も、もしや、ゴキブリ?
「なにが飛んできたんか分らんから、ドライヤーを置いて、脱衣所を出たわけよ」
「それで、その虫はどっか行ったん?」
「でな、出たところで、こっちに向かって飛んできたから、逃げるやろ。そしたら、また追いかけてくるねん。背中に止まって、『ぎゃー』って年甲斐なく声をあげてしもたんや。それで、振り落として黒っぽい虫がポトッて落ちたから、近くに丁度あったハエたたきで、ぺしっとしたわけ」
「よくハエたたきあったな」
「せやねん。落ちた虫を見たらな、カナブンやったわ。わかるやろ、向かって来たら、怖いから叩くやん」
その場面を想像してみると、こちらの意思とは無関係に向かってこられたら怖い。
「怖いな」
と、私はうなずきました。
「けど、怖いんは、虫が向かってきたことちゃうねん」
「ちがうの?」
てっきり、カナブンが向かってきたことかと思っていたら、まだ、先があるようでした。
「次の日の夜に部屋の戸を開けたら、敷いてある布団の上に黒いもんがぽつんってあんねん」
ちょっと、ぞわっとして、私は腕をさすって、先を聞くことにしました。
「よく見たら、カナブンやってん」
「げっ」
また、カナブン。
「部屋も窓を開けてないし、扉だって閉まってたし。布団敷いた時には絶対にいなかったんよ。しかも、死んでてん」
「たまたま、ちゃう?」
「いいや、あれは私がハエたたきで殺してしもたカナブンやと思う」
「えー、そう? もしかしたら生きてたかも知れへんやん」
「そんなことないって。だって、ゴミ箱に入れたあと、そのごみのはいった袋をくくって捨てたんよ。絶対に、二階の布団になんて上がってこうへんわ」
「……、だったら、お母さんはどう思ってるん?」
「ほら、その時って丁度お盆やん。仲が良かった人が私に会いに来たんかなって。だから、しつこいほど追いかけてきたかも知れへんなって」
「偶然じゃないの?」
「だって、変やろ? カナブンが向かって飛んでくるとか。しかも、死んだまま布団の上にいるとか……。怖かってんよ」
「ま、まあ、怖いよね」
私は、うんうんとうなずきました。
「そのカナブンどうしたん?」
「そんなん捨てれへんやん。捨てたらまた出てきそうで怖いから、瓶に入れて置いてある」
出てきても怖い。でも、置いてあるのも怖い。
「どうすんの?」
私が聞くと、困った顔で笑いながら
「ほんま、どうしよう」
と言った母でした。
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