夏の果、弔辞
夏祈
夏の果、弔辞
全ての夏は麗しかった。後悔の無い夏なんてなかった。いつも何かをやり残して、いつも誰かと会い損ねた。あの頃はこの日が一等惜しくて仕方なかった。いつまでも終わらないでくれと、深夜にシャープペンシルを走らせながら願っていた。今だって、あの頃には及ばずともそれを願っている。
今年は何一つ成し遂げなかった、ただ部屋の窓から強い日差しを眺めるだけの数か月だった。これまでだって似たような夏の過ごし方をしてきたはずなのに、どうしてかそれを強要されると、途端それにばかり意識が向く。その強要が、己の意識をこの夏に縛り付けているのだろうことはわかっていた。だからといって、今更足掻くことなどできもしないのだけれど。精一杯の抵抗として、線香花火に火をつけて、夏の終わりを弔う。やり残した後悔全てを、その煙に乗せて来年の夏へと送ってやるのだ。それを思い出すことなど、きっと無いのだろうけど。
日が短くなった。夜の空気に冷たさを感じるようになった。薄着で外に出ることが叶わなくなった。夏の終わりの、匂いがした。
────夏は死んだ。正確には、今から死ぬ。左腕で絶え間なく刻まれる時は、止まることなく終わりへ向かう。短いいのちだった。きらきらと輝く新緑の葉を、窓から眺めているうちに終わってしまった。ぽとり、落ちた火の花は、その生を終えて沈黙する。
来年も来るはずの夏を、信じ切れないのはなぜだろう。どうしてもう終わってしまった夏に、これほどまでに後悔に襲われながら執着してしまうのか。その答えはきっと無い。そして生きている間、その問いを繰り返し続けるのだろう。愚かで、愛おしい、己の夏だ。
愛していた。だから、安らかに眠ってくれ。そして次の夏も、どうか麗しいものであるように。
火をつけた最後の一本が、鮮やかな火花を散らしながら今夏を見送っている。
夏の果、弔辞 夏祈 @ntk10mh86
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます