魔女スクラップ

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

とある村の片隅に、ある古びた一軒家がある。

そこには昔から“人外”の者が1人で住むという。

ある人は“鬼”だと、またある人は“魔女”だと言うが、唯一皆が共通する意見がある。

“彼処はごみ溜め”と、皆口を揃えて言うのだ。

確かに外観は古びていて、周りは草木が生い茂っている。しかしそこにゴミなど無い。

今回はそんな家にやってきた、一人の人間の話をしよう_____


その者は“ある物”を捨てに来た。

今の自分には不必要なもので、どうしても捨ててしまいたかったらしい。

コンコン、と入口のドアを指で打つ音が静かな室内に鳴り響く。

「どうぞ」

声をかけると、ドアは恐る恐る開かれる。

肩よりも少し上程の髪に、瑠璃色の綺麗な瞳をした、16歳ほどの女の子の姿が現れる。

その肌は白く、雪を連想させる。

まるで人形のような子であった。

「何の御用ですか」

「えっと……」

「用が無いのならお帰りなさい。村の人に見つかる前に」

少し冷たい言い方だったかもしれない。

しかしそれがこの子のためだ。

ここに居るのが見つかった人は、皆村に即座に連れ帰られる。その後、その者が村でどういう扱いを受けているのかは、ご想像にお任せしよう。

「御用が本当にあるというのなら、奥の部屋へ来なさい。話くらいならお聞きしましょう」

少女は足を前へ前へと出し、少しずつ進む。その足は重く、何か重りでも付けているかのようだった。


部屋の前へやって来た少女は立ち止まる。

ドアをノックしようと手を伸ばし、コンコンコン、と指で打つ。それはまた屋内に響き渡る。

屋根裏に巣食うコウモリが鳴き、飛び始め、羽音が聞こえる。

少女の耳にその音が入り、少女は少し体をビクつかせた。そしてドアノブへ手を伸ばし、ガチャリとドアを開ける。

そこには異様とも言える光景が広がる。

水色や赤、灰に青、黄にオレンジなどの様々な色の球体が宙に浮いている。それはまるでしゃぼん玉のようだ。

光を帯びたそれは照明も兼ねているようで、下へは降りてこない。

「そこの椅子へお座りよ。立っていては疲れてしまう。さぁ、お座りよ」

長いテーブルには計8個の椅子があり、そのうちの1つが動く。

「さぁ、そこにお座りよ。用件を聞こう」

少女はまたもや体をビクつかせる。

そして恐る恐る椅子へ近づき、腰掛ける。

するとテーブルの上にポットとカップがくる。温かい紅茶が注がれ、砂糖とミルクの入った容器が近くに置かれる。

「用件があるのだろう?茶でも飲みながら話そうじゃあないか。さぁ、何を捨てに来たのか、話してみ」

少女は紅茶を一口飲み、口を開く。

「私は、想う人が居りますが、その想いを捨てたいのです」

「何故?想うのは良い事だ」

少女は語った。

今の自分には、この感情が邪魔なのだ、と。

やらなくてはならない事が忙しい程に沢山ある。それをやるためにこの想いを捨てたい。そのためにここへ来た、と言うのだ。

「一時的に忘れたいだけなら自分でなんとかしなさいな。それに捨ててはもう拾うことはでき………」

「出来ましょう?拾った人に聞きました」

あぁ、確かに以前拾わせた者が居た。

誰もどうせ信じぬと思い、口止めをしていなかった。まさか信じる者が居たとはなぁ……

「あぁ、確かに出来るとも。だが幼子よ。対価として何を私に差し出せる?寿命か?命か?金か?」

「私自身ではどうでしょう」

「何を言うておるのやら。戯けたことを」

「戯けたことではありません。本気です…!」

この少女、どうやら本気らしい。

だが、今は良くても後々絶対に後悔するだろう。きっとこの子はまだそれを知らない。知っていても、後悔しない、と言い切るだろう。

一時的な思いに流されてはいけない。

説得してもどうせ聞く耳など無いだろう。

さて、一体どうしたものか……


あぁ、そうだ。

いっその事願いを聞いてやろう。

それで後悔しても、本人がそれで構わないと言ったのだ。ならここまで気にする必要もない。

「幼子よ、ならその願い聞き届けよう。ただし、後で後悔しても遅いからな」


村から来る者達には到底理解出来ないような言語で、スラスラと何かを唱える。

宙に浮いていた球体が壁側へと移動し、中央が空く。そこに何色にも染まらぬ球体がひとつ現れ、少女の元へと降りてくる。

「さぁ、それに触れてみなさいな」

少女は手を伸ばすが、触れるかどうかのところで迷い気味に、手を出したり引っ込めたりしている。

「さぁ、お触れよ、幼子」

意を決したかのように、少女は手を伸ばしそれに触れる。するとその瞬間、その球体はピンク色に染まっていく。しかしそれにはどの球体とも異なる点がひとつ。

球体の中心に、青があったのだ。

恋のピンクの中に、悲しみの青が入っている。

少女は一体どんな思いを抱えていたのだろう。


少女はその後、何をなかったかのように家を出て村へと帰っていった。





それからしばらくして、少女はまたやってきた。どうやら拾いに来たようだ。

「幼子よ、久しいな。拾いにでも来たか?」

「はい」

「ならまたあの部屋へお入りよ。あれを返した後に対価を頂こうじゃあないか_____」




想いを拾った少女は、今私の家に住んでいる。

以前のような元気など全く見受けられず、丸で中身が無くなった抜け殻のようだ。

言ったことは完璧にこなしてくれるし、会話だってすることは出来る。しかし誰かを好くことはもう出来ないだろう。

冷めぬ愛は、恋は無いという。例え捨てたとしても時間が経てばそれは燃え尽きてしまうのだ。

少女が拾ったのは、燃え尽きて無になった“何でもないもの”だ。だから捨てた物は戻って来ない。

以前拾わせた者は、まだ捨てられたばかりの、他人の物を拾って行った。だからよかったのだ。だが今回は違う。いつか燃え尽きてしまうと分かっているものを、燃え尽きた後に取りに来た。


抜け殻と化した少女は、この先もここに住み続けることとなるだろう。対価として自分自身を出した少女に、もう自由はないのかもしれない。


一時の思いが、まさかこうなるなんて……

その時の少女は考えてもいなかっただろう。






さぁて、次の訪問客は____

一体どんな方でしょうか。


たまには屋敷を出て訪問するのもいいかもしれないですね。それでは………




これを読んだあなたの所へ、訪問させていただくとしましょうか。







あなたは何を捨てますか?

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