27)伝えたいもの

 先日、子供たちがアニメを見ていました。いわゆるラブコメというジャンルになるかと思います。そんなに面白いのかと思って、どんな話か聞いてみると、


 主人公の男が、彼女公認で二股をして三人で同棲をするという話。


 いやいや、ありえないだろ。意味が分からん。

 さらに、子供が言うには

「この男子はねえ、良い人だから、もう一人の女の子のことも可哀そうで、二股することになったの」

 へえ、良い人。思わず、母は言ってしまいました。

「良い人は、そもそも二股しない!」


 実際にアニメを見ていないので、この話の是非を語るつもりはありませんが、少なくとも子供たちには「二股もまた愛情の一つ」みたいな解釈になっている。

 ん? これ、なんかに似ているな。

 しばらく考え、私は「あっ!」となりました。そうです。DVです。


 いきなり話が飛びますが、令和2年度の福岡県DV防止啓発ポスターがとても素晴らしい作品です。是非みなさんにも見てほしいと思うのですが、そのポスターのキャッチコピーがまさに

「暴力を愛だとごまかす人がいる。」

 なのです。


 DVの定義については、内閣府をはじめとした公的機関、さまざまな支援団体が啓発を行っているので、ここで細かく詳細を語るつもりはありません。ただ、DVでよく出てくる鉄板ワードが「おまえのせい、おまえのために、」ってやつです。


 おまえが悪いから、俺(私)が手を出すことになるんだ。

 おまえのために、俺(私)はこうやって怒ってやっているんだ。

 おまえのせい、おまえのことを考えて──。もう呪いです。ここまでくると。


 怒りは、決して相手のためではありません。自分の思い通りにならないことによる不安・不満を相手にぶつけているに過ぎない。

 そして、ここで前述のポスターのキャッチコピーが出てくるわけです。「暴力」を「愛」という言葉でごまかすなと。

(参照 https://www.pref.fukuoka.lg.jp/press-release/dvboushikeihatu.html)


 同じことが、冒頭のアニメにも言えます。二股を決断した時点で、主人公の男は彼女のことも、もう一人の彼女のこともないがしろにしている。いや、もう馬鹿にしている。これは、愛情でも優しさでもなく、単なるエゴ。それを、「愛情」だの「優しさ」だのと誤魔化して、美談にしてはいけない。ラブコメと言えど、この設定はいかがなものか。

(あくまでも、子供からストーリーを聞いただけでの感想です。本当は、もっと奥が深い話なのかもしれません)


 今回の子供たちの会話を聞いて、昨今のアニメをはじめ漫画や小説は、こういう恋愛について、偏った情報を発信してはいないだろうかとちょっと不安になったわけです。

 あくまでも娯楽なので、楽しいことが一番なのでしょうが、だからと言って面白おかしければ何を表現しても許されるっていうのはちょっと……、親として複雑です。


 私は、小説を書く時、なにがしか伝えたいこと、表現したいことがあります。それは、別に社会的なメッセージなどという高尚なものではなく、恋する時のときめきだったり、何か壁にぶつかった時の葛藤だったり、理不尽なことに対する悔しさだったり、そんな些細なことです。

 一方で、物事をごまかすような表現はしたくないとも思っています。「二股は優しさだ」「この暴力は愛情だ」なんてメッセージは間違っても子供に伝えたくない。

 二股は二股であり、暴力はどこまで行っても暴力でしかないのです。


 私の書くものは、ちゃんとしたメッセージを相手に伝えられているだろうか。時々、そんな風に悩むすなさとです。


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