第参章 天網恢恢疎にして漏らさず

「あれだけ作品を滅茶苦茶にしといて最期の最期で縋ったのが主人公の力かよ。救いようが無ェな、まったく」


 黒髪の少女こと三池月弥みいけつきや全身を強く打った・・・・・・・・近藤源助・・・・の死体を遣る瀬無い思いで見下ろしていた。

 近藤源助は梅木らいかに転生などしていなかったのだ。

 勿論、彼らが立っている世界はライトノベル『魔法少女らいかちゃん』の世界ではない。現実の世界である。


「ったく、面倒な仕事だったぜ。中年のヒキニートを魔法少女に転生させる・・・・・・・・・・なんて無茶振りもいいとこだ」


 月弥はキセルを取り出すと刻み煙草を詰めて火を着けた。

 神崎青年はしばらくゆらゆらと立ち上る紫煙を眺めていたが、意を決したように口を開く。


「そもそも今回の仕事はどういった依頼だったんスか? いきなり仕事場に来たと思ったら挨拶もそこそこに“この兄ちゃんの顔をモデルに魔法少女を二体作れ”ってそれこそ無茶振りじゃないスか」


 神崎延重は三池月弥とは中学の頃からの友人で人形作りから機械工作まで物作りに関しては他の追随を許さぬ才能を持っている為に、こうして近藤源助の弟に酷似している魔法少女の人形の作製などを依頼される事が多い。

 しかも依頼が立て込んでいようと御構い無しである。

 だが神崎青年に断るという選択肢は無い。色々と借りがある・・・・・のだ。


「婚約者がいるのに二股かけて莫大な慰謝料を払わにゃいけねェところを俺が先方に儲け話を持っていった御陰でチャラにしてやった挙げ句にフィアンセ殿にバレずに済ンだ貸しはこれで棒引きにしてやるよ。それとは別に依頼料をたんまり払ってやったンだから文句云うねェ」


 煙を輪っか状にいくつも吐き出して月弥はけらけらと笑った。

 神崎も神崎で訳有り・・・なのである。


「事の発端は…おい、おシン、説明してやれ。お前が持ってきた依頼だぜ」


「了解でやすよ」


 面倒だと云いたげな月弥に紫色の髪を持つ女医が応じた。

 女医がカツラを外して白衣を脱ぐと、そこには艶やかな黒髪をきっちりと切り揃えた所謂いわゆる姫カットと呼ばれる髪型をした美女が鮮やかな蝶や花を染め抜いた黒い着物を纏っていた。

 裏社会ではかなり名の通った小悪党であり、相手に幻を見せる幻術や変装の名人である。通り名は“目眩めくらまし”のおシンという。

 それが何故、三池月弥と組んでいるのかは今回の話に無関係である為に割愛させて頂く。


「今回の発端は近藤が自白したように自分の弟を殺した事で御座んす」


「ああ、例のラノベの本物の作者ッスね? Web版は面白かったッスけど書籍化してから微妙になったと思ってたんスよねぇ。それが唐突な全滅エンドになって俺も驚かされたものッス」


 まさか作者が入れ替わっているとは、と神崎青年は複雑そうな顔で腕を組んだ。

 神崎青年もまたファンの一人であったのである。


「しかし弟を殺しておきながら事件が発覚する事はなかったんでやす。何故なら事件の現場は母親の実家だったからでやすよ。両親は離婚に向けて調停中であり、家を追い出されて近藤は母親と二人で暮らしていたそうでやす」


「母親の実家? 凶器は父親のゴルフクラブだったんスよね? 何でそんな物がそんな所にあったんスか?」


「別居する際、売る目的で家の物をいくつか盗んでいったそうで御座んすよ。ゴルフクラブもその一つだったんでさ。弟さんは二人を見捨てるに見捨てられずに何度も訪ねていたようでね。最期の訪問で自分の小説が書籍化される事を伝えちまった」


 彼は兄に、自分もこうして頑張れているんだから大学を出ている兄さんならきっと更に上を行ける、と伝えたかったのだろう。

 だが近藤の思い付いたのは弟の小説を奪って自分が作家になる事であった。

 問答の末、頭に血が上った近藤源助は家から盗んできたゴルフクラブを咄嗟に掴んでしまう。

 弟を殺してしまったと呆然とする源助に悪魔が囁いた。

 否、囁いたのは母親である。


「弟さんは仕事の面でも優秀でやしてね。アルバイト先で気に入られていた彼はその年の春に正社員としての採用が決まっていたんでさ。それを妬んだ先輩に苛められるようになったそうでね。それを姉に相談していたのを母親は知っていたんでやすよ」


 田舎だからか防犯カメラがあまり普及していない事もあり、廃ビルに忍び込んだ母親は弟の死体を屋上から投げ捨てたのである。

 悪運の強い事に地元警察の杜撰な捜査により弟の一件は自殺と断定されてしまう。

 頭から真っ逆様に落ちた為に損壊が激しかった事もあったのかも知れない。

 こうして自殺した弟・・・・・の遺志を受け継ぐと称し、まんまと彼の作品を奪ってしまったのである。


「けどね、弟さんのお姉さんはその死に不審な物を感じたそうでやすよ。弟が死んで一番得をしたのは誰か。彼の小説を盗んだ兄という事もあって疑いの目を向けていたそうでやす。そしてついに聞いてしまった」


 せめて家から盗んだ弟の私物だけでも取り返そうと母親の実家に乗り込んだ彼女は玄関が施錠されていない事に気付く。

 声をかけるべきではあったが、何故かその時は声を殺し、足音を立てないように家の中を進んで行ったそうだ。

 その時、啜り泣くような声を聞き、声のする方へと近づくと驚きの事を耳にする。

 毎晩のように弟が夢に出てくると兄が怯えているではないか。

 いや、それだけなら確信には至らない。国立大学を出ている事を鼻にかけている兄であるが根が臆病な小心物だという事は知っている。単に弟の小説を奪った事による罪悪感に怯えているだけという可能性もあるだろうと慎重に判断する。

 しかし彼女を愕然とさせたのは母親の言葉であった。


「あの子を殺したのはお兄ちゃんじゃないのよ。実はビルから落とす時にあの子が息を吹き返したの。けど生きていたらお兄ちゃんに殴られたと警察に云つけるに決まってる。だからママはそのままあの子を突き落としたのよ。間違いなく死ぬように頭から真っ逆様になるようにね」


 だから、あの子を殺したのはお兄ちゃんじゃない――母親の鬼女の如き形相に彼女は弟は本当は殺されたのだと確信した。

 叫び出したいのも走り去りたいのも堪えて必死に気配を消しつつ漸く母の実家を出た頃には疲労困憊となっていたものである。

 母親の告白は録音出来たが既に自殺で片付けられた事件を田舎の警察が取り扱ってくれるとは思えない。もしかしたら自分の方が不法侵入で捕まる可能性があった。

 父親に相談した結果、彼は暫く難しい顔で黙り込んでいたが、ふと優しげに微笑むと肩を優しく抱いて云った。


「分かった。お前はもうこの事件を忘れなさい。後は静かにあの子の菩提を弔って生きていこう。勿論、泣き寝入りする訳じゃない。ただ私達の手に負えない・・・・・・・・・というだけだ。母さんにも源助にもいつか報いを受ける時が来る。確実にね。お前が煩わしい思いをする事は無い。況してや手を汚す必要も無いんだ。全て私に任せておきなさい。いいね?」


 訳が分からないまでも父親の言葉に娘は頷いた。

 それを見て彼は家から出て行く。


「そして親父さんは作法に則って依頼してきたって訳でさ。“弟を殺して作品を奪った外道にその作品の中・・・・・・で報いを与えて欲しい”ってね」


 墨汁のような漆黒の瞳を細めておシンはにんまりと笑った。


「だからよ。近藤源助を魔法少女に・・・・・・・・・・転生させる・・・・・必要があった・・・・・・ンだ」


 三池月弥はげんなりとした顔で紫煙を吐き出すと合掌をする。









「生まれ生まれ生まれ生まれてしょうの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりにくらし」

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