第弍章 死にゆく魔法少女

 魔法少女なら導入で元気に自己紹介をするのが王道なのだろうか。

 私、ナントカ! どこぞの小学校に通う何歳の女の子! ってな。

 だが生憎と今の俺は満身創痍でベッドから動けない身である。

 状況から推察するに、俺はかつて弟が連載していたラノベ『魔法少女らいかちゃん』という昨今珍しくなくなったバトル要素を取り入れた魔法少女の物語の主人公、梅木らいかに転生しているらしい。

 どうしてこうなったかと問われれば、出版したは良いが全く売れずに数巻刊行してすぐに打ち切りになった事でヤケを起こした弟が敵味方問わず全滅させるバッドエンドに舵を切ってしまったからだ。

 物語の終盤というか最終巻(武士の情けで第何巻であるかは黙秘させて頂く)の冒頭で敵幹部の一人と壮絶な相討ちとなり、勝つには勝ったが自分の魔法を逆手に取られて全身に大火傷を負ってしまう。

 悪い事に斃した幹部は敵の女首領と恋仲であった為にガチギレした大ボスは唐突に大攻勢をしかけてくる。

 仲間の魔法少女達が因縁のある幹部と相討ちとなって果てていく中、傷を押して出撃した主人公も最期は敵のボスの自爆に巻き込まれて命を落とすのだ。

 そもそもにして主人公の梅木らいかが変身する魔法少女アクストフランメは炎と斧を武器とする魔法少女としてどうなんだという設定だった。

 しかもネーミングが斧を表すドイツ語のアクストと同じくドイツ語で炎を示すフランメの組み合わせというどちらかと云えば特撮の怪人向けのなんだよなぁ。


「らいかちゃん、落ち着いて聞いて欲しいッス」


 このままではバッドエンドに巻き込まれると興奮していた俺は鎮静剤を打たれて眠っていたが、ふと目を覚ますと茶髪の青年が沈痛な面持ちで立っていた。

 神崎青年はいわゆる魔法少女達のムードメーカーとなる近所のお兄ちゃんポジションにいる人物で軽薄な言葉遣いとは裏腹に何でもそつなくこなす優秀な男だ。

 変な機械を発明しては騒動を起こす悪癖があるが最終的に彼の発明が敵の弱点をついたり敵の作戦を妨害したりして勝利に貢献している。

 この神崎青年も敵本拠地への侵入を阻むバリアの発生装置を破壊する為に犠牲となっており、最終決戦において悲劇的な演出の一助となる運命だ。

 ただ引っ掛かるのはこの青年の名前は“神崎だったかな?・・・・・・・・”という所だが、曖昧な記憶なので追求しても仕方が無いだろう。


「さっき出撃したしずくちゃんとみどりちゃんだけど…ウンターヴェルト地下帝国のアーマイゼ博士とフロッシュ大佐と相討ちになって…」


「神崎君!!」


「先生?!」


「どういうつもり? この事はらいかちゃんにはまだ話す訳にはいかないって云ったでしょう? この子にはショックが大きすぎる話だわ」


 紫色の髪を持つ女医に叱られた神崎青年であるが、キッと睨みつけて反論する。


「もっともらしい事を云ってるッスけど残された戦力がらいかちゃんだけになってしまったからでしょう? らいかちゃんが戦えなくなったら終わりッスもんね?」


「ええ、そうよ。残された魔法少女はアクストフランメただ一人。そのたった一人の遣う魔法無くしてウンターヴェルト帝国の超科学力に対抗なんて出来ないわ!」


「だからといって傷だらけのらいかちゃん一人に全てを押し付けて良いワケが無いッス! そもそも地上と地下帝国が戦争になったのは――」


 俺は云い争う二人をどこか冷めた目で見ていた。

 そうか、やっぱりあの・・・・・・三人は死んだか・・・・・・・

 弟の思惑通りに物語は進んでいるという事だろう。





『兄さん、この前、読んで貰った小説なんだけど、ひょっとしたら本になるかも知れないんだ』





 弟よ。お前が作った世界で兄さんは死にそうだよ。

 どうしてくれるんだ、馬鹿野郎。


「らいかちゃん、しずくちゃん達の活躍で帝国の戦力は大幅に減退させる事が出来たわ。でも残る魔女王が要塞諸共自爆しようとしているの。魔女王の言葉を信じるなら地球そのものを道連れに出来るって云っていたわ。お願い。要塞に行って自爆を止めて欲しいの。貴方にしか出来ない事なのよ」


「正気ッスか?! いや、アンタ、人間か?! らいかちゃんは動けないんスよ?! それに要塞を守るバリアはどうするんスか? しずくちゃん達の魔法もミサイルも効かないのにらいかちゃんだけに行かせてどうするんス?!」


 茶番だな。結局らいか・・・が行くしかないのに無駄な口論だ。

 終盤も終盤で前世の記憶が戻ったせいだろう。

 を庇う神崎青年の言葉どころか、しずく達の死すら心に響く事はない。


「世界を守る為なの……仕方無い事だわ……分かって頂戴……」


「何が世界を守る為ッス! その金看板の為ならあの子達に犠牲を強いるのは当たり前って事ッスか? 恥を知れッ!!」


 おーおー、熱いねぇ。

 でもな、神崎青年。君の言葉は何にも響か…な…





『何であの小説がお兄ちゃんの名義で出版されるのよ?!』


『しょうがないじゃない。あの子は死んだのよ? だったら代わりにお兄ちゃんが作家デビューしたって良いでしょう。新しい門出と思えば良いじゃないの』


『バッカじゃないの?! ラノベだからって簡単に考えてない? あの子が書いていたからこそ登場する女の子達は生き生きと動く事が出来るの。お兄ちゃんなんかじゃあの子達・・・・どころか、設定を生かす事すら出来ないわよ!』


『なんて事を云うの! お兄ちゃんは国立大を出たエリートなのよ? 中学を卒業してすぐに働きに出たあの子とは物が違うの! きっとあの子以上の小説を書けるに違いないわよ』


『学歴なんか関係無い! そもそも良い大学を出ていながらろくに働かないお兄ちゃんを養う為に私もあの子も進学を諦めたのよ?! それなのに死んだら、散々莫迦にしてきたあの子の小説を盗んで作家デビュー?! 巫山戯るのも大概にしなさいよ!! 恥を知れッ!!』





 何だ、今のは?

 いや、これは俺が作家デビューした祝いの席で空気を読まないクソ妹が親類達の前で何もかもぶちまけやがった時の記憶だ。

 折角、大手出版社に勤める親類に下げたくもない頭を下げて小説家デビューをしたっていうのに俺は恥を掻かされたんだっけ。

 しかも俺が手直ししてやった小説を扱き下ろしやがって!

 弟の設定だといちいち地下帝国の連中を改心させやがるからキャラが多くなって大変だから殺せる時は殺してキャラを減らして楽させてやったってのに編集のヤツ、Web版の方が面白かったですよね、だと?!

 どいつもこいつも俺の事を莫迦にしやがる。

 俺が悪いんじゃない。弟の設定が悪いんだ。

 だから打ち切りが決まった時、物語をきっちり終わらせるには全滅シナリオしかないと思ったんだよ。いや、それも俺の華々しい作家デビューに腹を立てた弟のヤツが地獄から電波を送ってあんなラストを書かせたに違いない!


『へぇ…兄さん・・・、シナリオの改悪すら僕のせいにするんだ?』


「なに?」


 今の声は?


『父さんにさ。“働け、働け”って云われても全く働こうとしなかったのに、僕の作品を読んだら“この作品を寄越せ。これで作家デビュー出来るぞ”って云ってさ…』


 紫髪と神崎青年の罵詈雑言の応酬は続いているのに何故かこのぼそぼそとしている声ははっきりと俺の耳に届いている。

 だが二人には聞こえていないようだ。


『断ったら……僕の頭、こんなになっちゃった……』


 声は窓から聞こえてくる?

 恐る恐る窓を見るとしずくとみどりがいた・・


「ああ…あああああ……」


 頭蓋を割られて脳髄を剥き出しにして血と脳漿を垂らしながらも二人はニタニタと嗤っている。


『それどころか……よくも僕の世界を滅茶苦茶にしてくれたね?』


「そ、そんな……その顔は……」


 しずくとみどりのその顔・・・は……


『ねえ、兄さん?」


 弟の顔・・・だった。


「うぎゃああああああああああああっ?!」


「「らいかちゃん?!」」


 俺はベッドから転げ落ちると病室から飛び出した。

 どこをどう走ったか分からない。

 兎に角、一刻も早くここから逃げなければ!!


「え、エレベーターだ!!」


 俺は丁度口を開けているエレベーターに乗り込むと一階のボタンを押した。

 すぐに扉は閉まり動き出す。どうやら弟は追って来ていないようだ。

 やがて一階に着くと扉が開ききらない内にまろび出る。


「な、なんで?!」


 そこは満天の星が煌めく夜空が見えていた。

 一階に下りたと思っていたのに何故か屋上に出ていたのだ。


『兄さん、待ってたよぉ』


「ひいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ」


 そこへ少女の姿をした二人の弟・・・・が待ち構えていた。

 いや、弟の顔を持つ少女達といった方が正しいのか?


「結構余裕があるじゃねぇか」


「だ、誰だ?!」


 干されたシーツが何十枚と並ぶ中から漆黒の影が現れた。


「お、お前も死んだんじゃ? お前も幽霊なのか?」


 黒髪の少女はしずく達と違って頭は割られていない。

 しかも顔は弟のそれじゃない。幼いが目鼻立ちが良く、高貴ささえあった。


「おいおい、神崎君も云ってただろう? 相討ちになったのは、しずくとみどりだってな。俺が死んだなんて一言も云ってなかったはずだぜ?」


 吸い込まれそうな闇色の瞳を細めて少女が嗤う。


「お、お前は何なんだ?! しずくとみどりの幽霊はお前が操っているのか?」


「ハッ! 今更、しずくもみどりも無ェだろがよ。お前は今やコイツらを弟と認識しているはずだぜ? 違うかよ?」


 黒髪の少女の言葉に俺は返す言葉がない。その通りだからだ。

 もう二人は魔法少女じゃない。弟の亡霊だ。


「非道いヤツだな、ええ? 弟の小説を分捕るだけでも許し難いってのによ。何も頭をかち割る事は無いだろうよ? 御陰で弟さんの怨みは相当なもんだぜェ?」


 黒髪の少女がいつの間にか、俺の背後に現れる。

 シーツに身を隠して移動したのか?


『兄さん……兄さん……』


 弟達も白いシーツの中で見え隠れしている。


「う、うるさい! 一流大学を出た俺に見合う仕事を与えない社会が悪いんだ! 自分に合った仕事を見つけるまで待ってくれって云ってるのに、何度も“働け”ってうるさい親父も悪い!」


「そりゃ大学まで行かせた息子が十年以上も無職のままじゃ親父さんだって心配するに決まってんだろうよ」


 今度は真横から姿を見せる。


「挙げ句に中卒のクセに俺に逆らいやがって! 母さんだって云ってたんだ。“お前は悪くない。良い大学を出たお前にはいつかきっと良い仕事が見つかる”って! なのにアイツら、“もう面倒見切れない”って抜かして家から出て行こうとしやがった!  それどころか親父まで母さんと離婚するって云って、しかも“出て行くのはお前達の方だ”って俺達を家から追い出そうとしたんだぞ!」


「だから殺したのか? 弟を、最後までテメェを見捨てる事を躊躇っていた弟を」


 ついに俺の目の前に立って蔑んだ目を俺を見る黒髪。


「ああ、殺してやったよ! 俺が作家になる為に小説を寄越せって云ったら、あいつは何て返したと思う? “この作品はみんなで楽しむ為の物であって兄さんの金儲けには使わせない”って云いやがった! 中卒のあの莫迦が国立大を出た俺に向かってだぞ?! そんなの許せる訳がないだろうがッ!! だから親父のゴルフクラブで頭を叩き割ってやったよ。親父もざまあ見ろだ! 親父が依怙贔屓にしていた弟を親父のドライバーで殺してやったんだ!!」


『そんな事で僕を!!』


「ひぃっ?!」


 黒髪に気を取られている内に背後に回っていた弟が俺の首に抱きついてきた。


「クソッ! 離れろ!!」


『兄さん、兄さん、ニイサン、ニイサンニイサンニイサンニイサン』


 いくら振り回そうとも亡霊達は離れない。

 クソッ! どうすれば逃げられるんだ?!


「眩しッ! 夜明けか?!」


 太陽が昇ってきて明るくなりつつある空を見て俺は重要な事を思い出した。

 そうだ。俺は魔法少女に転生してるんだった!

 魔法少女に変身して一先ず空に逃げれば良いんじゃないか!

 そして炎の力で亡霊共を焼き尽くしてやる!

 そうと決まれば俺は屋上の端に向かって走り出した。


「おい! 何を考えてやがる?」


 黒髪が焦るって事は意図に気付いたか。

 だが、もう遅い!


「炎と生命いのちのアクストフランメ!!」


 主人公の力を思い知らせてやる!

 思いっきり勢いをつけて屋上から飛び出す。


「へっ?」


 しかし俺は魔法少女に変身する事が出来ずに亡霊共々地上へと真っ逆様に落ちていったのだった。


『何で落ちてんスか?!』


 亡霊達の口から何故か神崎青年の声が聞こえたのを最後に俺は地面に激突した。


「な、何で…?」


 何故変身出来なかったのか疑問に思いつつ屋上を見上げる。

 そこには黒髪と紫髪、そして神崎青年が痛ましいものを見る目で見下ろしていた。

 合掌している黒髪の唇が幽かに動いているのが見える。

 それが俺の最期の記憶だった。









「生まれ生まれ生まれ生まれてしょうの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりにくらし」

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