第拾陸章 ドブネズミ達の挽歌

「さて、お前さんはどこの誰なんだ?」


 月弥は偽のトロイに問い掛ける。

 猿轡は外しているが、体の方は縄で縛られたままだ。

 それは良いのだが亀甲縛りなのは如何なものなのか。

 トロイとしては有効な縛り方を採用しただけなのだろうが、どちらかと云えば女性的な柔らかさを持つ童顔な為か、倒錯感もあって目のやり場に困る。


「僕はトロイだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「翻訳魔法のお陰で言葉は通じちゃァいるがな。テメェの口から出てるのはスペイン語だろがよ。トロイ、少なくとも福澤はスパニッシュを修得して無ェ。つくならもっとマシな嘘をつけや、ボケ」


「ちなみに福澤が得意としていたのは中国語と韓国語ですね。あれで貿易会社に務めていましたから」


 トロイの補足に月弥は頷いた。

 その事実を知っているだけでフードを被ったトロイの方が本物だと知れる。


「ちょっと体を検めさせてもらうぜ」


 やめろと騒ぐ偽トロイを無視して彼の頭部を検分する。

 時折り予告も無しに上下左右と向きを変えるので痛みに呻くがお構いなしだ。


「ははぁん、これか」


 月弥が耳の裏を示すと、大きく引き攣れた手術痕と思しき傷があった。

 処置が極めて雑だが整形手術を施されてトロイに似せた顔にされたのだろう。


「肌も無理矢理漂白されたっぽいな」


「善く見たらカラコンも入っていますね」


『そうなると声の方も若干、トロイ女史のものと違って聞こえるな』


 初めは、自分こそトロイだと騒いでいた偽者だったが、検分が進むにつれて口数が減っていく。


「次は胴体だな」


 月弥が手ずから打った刀を取り出したかと思えば、すぐに収納魔法『セラー』の中に片付けてしまう。

 しかし、次の瞬間、偽トロイの巡礼服が縄ごと斬り裂かれて裸になってしまう。

 今の彼が身に纏っているのは黒いビキニパンツだけだ。


「白いのは首から上だけで、地肌は浅黒いと。でスペイン語を話すとくれば…」


「タトゥーが入ってますね。眼球のある髑髏に薔薇、祈りを捧げるように合わされた手、これは……聖母マリアかな? 典型的なチカーノデザインですね」


『メキシコか?』


 『騎士王』の問いに月弥は、だろうなと返した。

 偽のトロイは縄が解けたにも拘わらず逃げ出す素振りを見せない。

 無駄だと悟っているのだ。とても逃げきれる相手ではない。

 下手に逃げて彼らを怒らせるよりは従順を装っていた方がまだ待遇はマシになるだろうと観念したのである。


「で、結局のところ、お前は何者だ? 偽勇者共や偽聖帝は仲間なのか?」


 偽トロイは答えない。

 それどころか、全身が冷や汗で濡れて震えている。

 明らかに彼は恐怖している。だが、恐怖の対象は月弥達ではない。


「奥歯に仕込まれた毒と催眠トラップか? だったら安心しろ。その毒に対応した解毒剤はあるし、トラップがあると分かれば解き方なんざいくらでもある。お前が白状ゲロしても命を奪われることも廃人になることもないからよ」


 月弥が微笑みながら伝えるが、それでも偽トロイは首を横に振るだけだ。

 しかも、益々恐怖に顔を歪めるばかりか、冷や汗の量も尋常ではない。


「ダメだ。云えねぇよ。偽勇者が全滅してからヤツら・・・はもっと直接的な方法を選びやがった」


「ああ?」


「入れ替わりに失敗したら、口封じに毒を飲ませるのではなく、相手もろとも……」


 何かを察した月弥は『騎士王』とトロイに、部屋から出ろと叫んだ。

 反射的に『騎士王』達は応接室から飛び出し、月弥もそれに続く。


「た、助けてくれ! アイツらスイッチを入れやがった! 腹の中で機械・・・・・・が作動したのが分かる!」


 月弥は応接室の扉を閉めると何重にも結界を張って部屋そのものを封じ込める。


「云う! 云うから助けてくれ! 俺達はドブネズミ狩りで集められ」


 次の瞬間、応接室の中で爆発が起こり、結界を張っている月弥は衝撃に耐える。


『私も手伝おう!』


 騒ぎに駆け付けたのか、『守護王』が防御結界を張って月弥をサポートする。

 いざという時は国を丸ごと包み込み、核融合のエネルギーにも耐えると謳われる『守護王』の防御結界はたやすく偽トロイの爆発に耐えた。


「ありがとうよ。結界に一カ所穴を開けて衝撃を逃がすなら兎も角、完全に封じるのは骨だからな。助かったぜ」


『それは良いのだが、何があった? たまたま通りかかったら、いきなり“助けてくれ”だからな。見ればミーケが応接室を結界で包んでおるから、只事ではないと思い、手を貸した次第だ』


 2メートルを超える頑強な肉体を持ちながらも、どこぞの令嬢のような端整な美貌も同居するオークキングが月弥の頭を撫でながら微笑んだものだ。

 緑がかった肌ではあるがキメは細かく、腰まで伸ばしている赤い髪は艶やかで粗野な印象は受けない。況してや蒼い瞳は優しげで知性の光があった。

 ドレスを身に纏えば、彼女をオークと紹介されても百人中一人、二人しか信じなかったと云われるほどの麗人である。


「敵が自爆しやがったのよ。もっとも自分の意思ではなく、恐らくは遠隔操作で体内に埋め込まれた爆弾を作動させられたようだがな」


『なんと人間爆弾か?! 惨い事をするものよな』


 既に『騎士王』は爆発で集まった兵士達を指揮して応接室を検分している。

 『守護王』は月弥が震えてる事に気付いた。

 しかし、爆発に怯えての事ではないようだ。


『どうした? 勇者がいる城を攻めるとなれば城門ごしにダイナマイトを投げ込み、天界の神々や大精霊と謁見する際には腹にダイナマイトを巻いて臨むそなたが今更爆発が怖くなった訳ではあるまい?』


 無茶するなぁ、と云うトロイは顔が見えていたならば苦笑いを見せていただろう。


「ああ、偽のトロイが爆発する前、ドブネズミ狩りで集められたと云いかけてな」


「僕も聞こえましたね。ドブネズミ狩りとは何です?」


 トロイの問いに月弥は珍しく七呼吸以上も逡巡していたが、漸く重たい口を開く。

 それだけ月弥からすれば忌まわしい言葉なのだろうと察せられた。


「ストリートチルドレンって知ってるか?」


「路上で生活をしている子供達の事ですよね。家族からの援助も無い、云ってしまえば子供達のホームレスになりますね。僕もこの十年で保護しましたが、千人を超えた時点で数えるのをやめたくらい数が多かったです」


 お前は善くやっているよ、と教皇はトロイを褒めた。


「異世界だけではなく地球でも大問題となっていてな。分かっているだけでも一億人はくだらない。しかも戸籍が無いから正確な統計が取れなくてなァ、実際にはその倍、いや、もっといるだろうと云われている。特に途上国で都市化が進むにつれて数が増えるだろうとも云われているそうだ」


 戦争や事故、病気などで親を亡くした子供が自宅に住めなくなってストリートチルドレンになるが、原因はそれだけにとどまらない。

 家庭内暴力や育児放棄などで家出をした子供達や、貧しい暮らしから抜け出そうと家を出て都市に出てきた子供達もまたストリートチルドレンになりやすい傾向にあるようだ。


「都市部と農村部の経済格差、災害や戦争による貧困、国そのものの経済が停滞しているといった社会的な原因もあるがな」


『由々しき事であるな』


 『守護王』シルト=シュバインは腕を組んで瞑目する。


「環境も劣悪でな。伝染病に罹りやすいし、悪い大人に只働き同然に重労働を強いられ、その上で食い物も貰えないから餓死者もいるし……その……云いにくいが性的な被害も莫迦にならないそうだ」


「僕も取りこぼした命は一人や二人ではありませんでしたよ。一時期、救えなかった命に対する罪悪感から自傷行為に走った事もありました」


 そのトロイを救ったのが次期教皇である大司教であった。


「お前が自分を傷つければ、お前に救われた子供達が苦しむ。自分を愛せない者に人を救う資格はない。子供達の為にもお前は笑っている義務がある。その事も含めての罰と私は見た。さあ、笑え。その代わり、お前の苦しみは私が和らげよう」


 そう笑いかけて、挫けそうになるトロイを大司教は励まし、時には短期間ではあるが巡礼に付き合う事で、トロイに“お前は一人ではない”と力づけたのだそうな。


「ふ、あいつを次の教皇に選んだ俺の目に狂いは無かったようで安心したよ」


 月弥は微笑むと、話を続けた。


「問題は他にもある。ストリートチルドレンが徒党を組んで悪さを始めるンだ。生きる為とはいえ盗み、暴力を振るい、犯し、薬物にも手を染める。所謂いわゆるストリートギャングってヤツだな。大体マフィアの下部団体となる事が多くて、拳銃も手に入りやすいから銃乱射事件を起こしたり、こちらも問題となっている」


『過酷な環境にいるというだけではなく、悪の温床にもなりかねぬのか』


「ああ、マフィアがケツ持ちになってる上に子供だから抑制が効かなくてな。何をしでかすか分からねェ。しかも、一端いっぱしに縄張りにいる大人達からみかじめ・・・・を取っているって話だ」


 そして、ここからが月弥の話の核心であった。


「そのストリートチルドレンを各地で攫って売買する連中が現れたンだ」


 元々人身売買の組織はあったが、中でもストリートチルドレンを“ドブネズミ狩り”と称して捕獲し、少年兵として鍛え上げて世界中の戦場に“換えのきく駒”として売り捌く死の商人がいた。

 本名は不明だが自身もドブネズミラットと名乗り、子供達を殺人マシーンに仕立て上げて自分が開発した武器や兵器と共に売っていたのである。

 それだけではなく、ラットは僅かなカネ(それでもストリートチルドレンからすれば大金)、それと食料で餓えていた子供達を手懐けると、主要都市に送り込んで対立する商人や組織の情報収集をさせていた。

 当然、見つかれば只では済まないが、生きている内はカネだけはくれるので、それでも子供達はラットに従っていたという。

 しかも巧妙なのが、子供達は誰がラットの手下なのか分からないので下手に助けを求める事が出来ず、互いを監視し合っている状態であったそうだ。

 そればかりか、非合法な新薬の実験台や時には細菌兵器やウイルス兵器の投与実験の検体としても提供していたらしい。

 それだけ大掛かりな誘拐をして非道に手を染めていれば当局が動きそうなものだが、各国政府としても悩みの種であったストリートチルドレンだけでなく、散々手を焼かされていたストリートギャングまで消えてくれる上にラットから大金が送られるとあって見て見ぬ振りをしていたのが現実であった。

 そして、ラットはとうとう禁断の領域にまで手を染めてしまう。

 有ろうことか、ラットは“悪しきモノ”が放つ“黒い霧”に少しずつ子供達を触れさせてコントロールが可能な怪物を作れないか試みたのである。

 この非人道的な実験の結果、万を超える子供が犠牲になったが、人間という範疇から見れば十二分に驚異的な能力を有する兵士が数十体も誕生してしまった。


「一人の勇気有る女の子が助けを求めてくれたンだ。“お姉ちゃんをドロドロに溶かして怪物にしたアイツをやっつけて”ってな」


 アメリカで活動しているハンター(この場合は“悪しきモノ”と戦う者)であり、月弥そして東雲しののめ家当主・十六夜共通の親友からの要請により渡米した二人はラットが作り出した黒霧兵こくむへいと戦い、その悉くを斃すと黒幕であるラットと対峙した。

 見苦しく命乞いをし、カネで懐柔しようとしたラットであったが子供達を平気で犠牲にしてきた外道に友人のハンターが激昂してしまい、ラットをサブマシンガンで蜂の巣にしたという。


「その後、ラットはこのまま死を迎えるよりはって一縷の望みを賭けて“黒い霧”の入ったタンクに自ら落ちていったよ。で、巨大なドブネズミってェ救いようのねェ化け物になってテメェの城の中にあるモン全てを喰らっていった。カネも“黒い霧”も武器も手下さえも、そして自分の城まで喰い尽くすと俺達まで襲おうとしたが、東雲の兄弟の手によって静かにトドメを刺されて消えていった」


「僕が云うのも可笑しな話ですけど、そのラットが斃されて良かったです」


『だがラットとやらが死した後にも“ドブネズミ狩り”と称して子供を拐かし、手駒にする手口を使う者が現れたと云う事か』


 『守護王』の言葉に月弥は頷く。


「野郎に後継者がいたのか、単に手口を真似たのか、“ドブネズミ狩り”と称しているのは単なる偶然なのか、分からんがな。だが、ストリートチルドレンを攫い、顔を変えて偽者に仕立てているヤツがいるのは確かだ。しかも異世界に召喚された勇者や聖帝、しかも今度はトロイと来た。ひょっとしたら的は俺かも知れンな」


 自意識過剰という訳ではない。

 魔界においてはいずれは勇者と対峙すべき役職に就いているのは確かであるし、どちらが本物かは判別出来てはいないが聖帝からは魔女狩りの収拾・・・・・・・を依頼されている。

 そこへ来てトロイの偽者と来れば、自分かクシモ、或いは慈母豊穣会が的になっていると疑うしかないだろう。


「もし、ラットの後継者がいて偽者を送り込ンでいたとしたら、目的が何にせよ、一番に叩くべきソイツだろうな。きっと監視役のストリートチルドレンもいるに違いねェ。連中に四六時中見張られている状況は極めて危険だ。早くドブネズミの親玉を斃して子供達を人間に戻して・・・・・・やらなきゃな」


 月弥の決意にトロイとシルトは頷くのであった。

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