第190話「心境の変化」

 俺の本分はあくまでも錬金術師だ。

 素材を集めるのに戦闘は大事なので戦えるほうがいいというだけだ。


 ウィガンに言われた翌朝、ベッドから出て顔を洗いながら改めて自分に言い聞かせる。


「アイン、蛍、ウルスラ、シェラ、フィーネの五人が活躍して世界を救うのがメインストーリーだしな」


 あと、忘れかけていたけど、メインヒロインのひとりである後輩女子は錬金術師なのだ。


「才能の差は歴然としてるから、がんばらないとあっさり抜かれるかもな」


 とつぶやく。

 これは転生に気づいた時点で覚悟していたことだ。


 工夫と努力と立ち回りで主役との才能の差を埋めることはきつくても、差別化をはかって有用性を確保することはできる。


 とりあえず俺はボードゲーム以外の何か違う発明品をつくれないか考えてみよう。


 知識は持っていてもこの世界で製造するための素材は自分で調べて、入手しなきゃいけない。


「まあやりがいがあって楽しいけどさ」


 この世界で物質や理論をどう置き換えるか、研究者ロマンがあると言える。

 そんな胸を張れるだけの何かを成し遂げたことはないけど、いつの日かは。

 

 寮を出るとき、示し合わせたわけじゃないのに蛍とばったり遭遇する。


「おはようございます、エースケ殿」


「おはよう蛍」


 蛍はあいさつと会釈をしたあと、まじまじと俺の顔を見つめてきた。


「どうした? ちゃんと顔を洗って寝ぐせも直したはずだけど」


 女性との接点が増えているので、身だしなみにはできるだけ気をつけている。


「いえ、何やら憑き物が落ちたというか、肩の力がいい具合に抜けたように思えまして」


 と彼女は指摘した。


「よく見てるな」


 昨日、ウィガン先生と会ったあと彼女とは会わなかったからだろう。


「何やら心境の変化でも?」


 そこまで察しがついてるなら、余計に蛍に隠し事はできないな。

 昨日の出来事を彼女に話す。


「俺はあくまでも錬金術師だってことを忘れかけていたと反省したんだ」


「なるほど」


 蛍はうなずいてから首をかしげる。


「ですがあなたの軸は同じでしょう。誰かのために汗をかくという」


「……それは買い被りじゃないか?」


 この評価には苦笑しか出てこない。

 たしかに人のためも考えたことくらいはあるけど、だいたいは自分のためだ。


「自覚してないのでしょうね」

 

「たぶん勘違いか、考えすぎだな」


 蛍からの評価が想像以上に高い。


「そういうことにしておきましょう」


 好意の含んだ笑い声を立てられ、否定が失敗したと悟る。


 どうすればいいんだろう? と首をかしげて……そこまで問題でもないかもしれないと思い直す。


 本当に人のためにがんばりたいとき、誰も信じてくれず支援がない、なんて状態になるよりはマシだ。


 少なくともガルヴァは尖兵に過ぎず、本番はこれからなんだ。

 現状は悪くないと自分に言い聞かせて、蛍と肩を並べて学園に向かった。

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