第184話「あせるな」

 アイン強化プランをそろそろ練りたいと考え続けてはいるものの、いまのところ特にいいアイデアは浮かんでいなかった。


 大器晩成型を育てるのはハードルが高い。


 現状がなかなかいい感じで回っているので、リスクを冒すのが怖いという理由もある。


 つい先日、ガルヴァたちを捕縛するのにリスクを冒して咎められたばかりなのが、最大の理由だ。


 さすがに短時間でもう一度やるのはまずい。

 入学以降積み上げてきたものを破壊する覚悟が必要になるだろう。


「シジマ、授業を聞いているのか!?」


 いつの間にか目の前に教師が立っていた。

 げっ、よりにもよってギュータス教官じゃないか。


「すみません、聞いていませんでした」


「貴様、素直なのは認めてやるが、いい度胸だな」


 ギュータス教官は教室内なのにサングラスをかけた中年の男性だ。

 身長は俺より五センチほど高いくらいだけど、肩幅は広くて筋肉がすごい。


 象のような巨大なモンスターを殴り飛ばせる男、と言われている。


 ゲームのとき戦闘シーンは一度もなかったんだけど、フィーネも一目置くような記述があったキャラクターだ。


「この授業中はずっと立っていろ」


「はい」


 ギュータス教官に逆らうのは得策じゃない。

 素直に罰を受けよう。


 ギュータス教官の授業いまのは戦闘理論だが、けっしてただの脳筋じゃない。


 筋力や運動能力的に不利な後衛たちは、いったいどうやって戦闘を立ち回るのか、を教えてくれる。

 

 おかげで錬金術師や魔法使いたちからも人気がある教官だった。

 やらかしたか。


 教室内からクスっという笑い声も聞こえた。

 まあ、仕方ない。


 授業が終わったタイミングで、ギュータス教官はじろっとこっちを見る。


「シジマ、すこし来い」


「はい」


 からかうような周囲の視線をよそには素直に教官のあとをついて廊下に出た。


「お前は何を考えている?」


 威圧感こそをなかったが、目つきは怖い。


「まさかと思うが、危険なことを勝手にするなという注意を理解できなかったのか?」

 

 と言われて釘を刺されているのだと理解する。


「いえ、反省したからこそ、もっと安全な行動について考えていたんです」


 誤解されているので訂正を試みた。

 同じ失敗は二度もしたくないし、蛍を巻き込むのも忍びない。


 本人は巻き込まれることを望んでる気配があるが、俺にも意地はある。


「ふむ。ならばけっこうだ。俺の授業中にほかのことを考えるとはいい度胸だが」 


「うう、すみません」


 ギュータス教官はにやりと笑うが、凄まなくても迫力を感じた。


「お前が何を考えているのか知らんが、あまりあせるなよ」


 ぎくっとする発言を残して教官は立ち去る。


 まさか俺が転生者だと気づかれてるとは思わないけど、年の功で俺が何かを見ていると推測したのかも。


「あせるな、か」

 

 心当たりがないわけじゃない。


 しかし、アインが大器晩成タイプである以上、何の手も打たないのは多少リスキーだ。


 いまの俺なら何かあっても蛍が守ってくれそうだけど、彼女に負担をかけるのもできれば避けたい。


 べつにこれは蛍の心情を無視してるんじゃなくて、彼女がこれ以上強くなっていくとアインにもあせりが生まれそうだから。


 建前的には男同士だけで行動する機会を増やすのがベターなんだが。


 ……いや、待てよ?

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