第183話「いい加減向き合わなきゃ」

 学園はいつも通りだった。

 俺と蛍のことをほとんどの生徒が知らないらしく、誰も聞いてこない。


 学園の情報操作は見事なものだなと感心した──こともあった。


 過去形を使うことになったのは放課後、廊下で四人集合したとき、ばったりウォーレンとリヒターの二人に出会ってからである。


「いたな。シジマ・エースケ」


 ウォーレンがトゲを含んだ言葉と刺すような敵意を俺にぶつけてきた。


「はい、何かご用でしょうか?」


 心当たりは正直あるのだが、ほかの生徒が行き来している廊下で自分から言うのはまずい。


「ご用でしょうか、じゃないんだよ」


 ウォーレンはいら立ちを隠し切れず、こっちを睨んでくる。

 彼の態度から不穏なものを感じたのか、蛍がそっと姿勢を変えた。


 その気になれば居合切りを先輩たちに放てる構えである。

 さすがにちょっと過激すぎるので、彼女の右肘にそっと触れて、首を横に振った。


「話はここでするんですか?」


 と俺が確認すると、


「相変わらず生意気な一年だ」 


 リヒターが舌打ちをした。


 例の件絡みなら場所を変えたほうがいいよね、という言外のメッセージはきちんと伝わったようである。


「ついてこい。シジマと風連坂、お前らに拒否権があると思うなよ」


 とウォーレンがいつも以上にキツイ口調で釘を刺す。


「アインとウルスラは見逃してくれるらしいぞ」


 俺が小声で言うと、


「まさか」


 アインは心外だという顔になる。


「骨は拾ってやんよ」


 ウルスラはニヤッと笑う。

 ……この子に関しては俺が心配しなくてよさそうだ。


 要するに先輩二人は俺を懲らしめたいんだろうな。


「蛍は巻き添えだな」


「なぜそれがしが被害者みたいな扱いなのですか?」

 

 俺のつぶやきを拾った蛍が不満そうに抗議してくる。

 あくまでも共犯者だと主張したいらしい。


「わかったよ、相棒」


 いい加減向き合わなきゃいけない。

 ここまできたらあとには戻れないと腹をくくろう。


「はい!」


 蛍の笑顔はとてもきれいだった。


「いちゃつきはじめたよ、あいつら」


「ひとつの壁を越えた感じはあるね」


 後ろからついてきているウルスラとアインが勝手な感想を言っている。

 俺たちは動物園のパンダかな?


 蛍は気にせず聞き流している。

 

「ついたぜ。ここならちょうどいいだろう」


 先輩たちに連れて来られたのは校舎の裏で、普段誰も来ない人目もないところだ。


 あまりにも定番すぎるので、笑いを堪えるのに全力を尽くす。

 

「何だ? シジマァ?」


「いえ、別に」


 ウォーレンに絡まれるが俺は否定する。

 さっさと終わらせてほしい。


「お前らのせいで会長と副会長が迷惑してんだ。身のほどを知れよ」


 ウォーレンに恫喝される。

 本題はやっぱり想像通りだった。


 だからこうやって人目のつかない場所でコソコソするんだろう。


「ごめんなさい」


 迷惑をかけたのは事実だし、生徒会にも影響が出た可能性もあるので、素直に頭を下げた。


「あ、いや……わかってるならかまわないんだが」


 俺の行動を想定してなかったのか、二人とも毒気が抜かれたような顔になる。

 蛍は驚いていないので、彼女のほうが俺の性格を知っているな。


「お前、ラッキーなだけだぞ」


「その通りですね」


 リヒター先輩は皮肉を言ったつもりかもしれないが、同じ意見である。


 蛍、フィーネ、シェラ、アインとこんなスムーズに仲良くなれたのは、運の要素が非常に大きい。


 誤算だらけと言っても過言じゃない。

 俺はそこまで慢心してないよ。


「わ、わかってるならいいんだ」


 ウォーレンとリヒターは気まずそうに立ち去ってしまう。


「さすがエースケ殿ですね」


 蛍が笑いを堪えてる表情で話しかけてくる。


「エースケが反発したらヤキを入れるつもりだったのに、アテが外れたって感じだったぜ」


 ウルスラは遠慮なくケラケラ笑った。

 

「いや、一発殴られても仕方ないと思っていたんだよ?」


 すこしも計算通りじゃないと訂正する。

 残念ながら信じてもらえないようだが。

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