第182話「なんか悔しい」
「勇敢と無謀は違うのよ?」
シェラが放つ言葉の温度が下がり、鋭さを増す。
「ええ、わきまえた結果だと申し上げていますが?」
蛍が刀で受け止め、切り返した姿が目に浮かぶ。
気のせいだったらいいけど、違うんだろうな。
「蛍、かばってくれてありがとう」
「……いえ」
礼を言うと蛍は頬を赤く染めてトーンダウンする。
よかった、「正解」を引けたようだ。
「シェラ先輩、彼女は俺をかばおうとしただけで」
「ごちそうさま」
最後まで言わせてもらえず、ジトっとした視線を向けられる。
イチャつきやがってと顔に書いてありそうだ。
ため息をついたあと、
「会長に礼を言っておいて」
と言ってシェラ先輩は立ち去った。
どうやら知らないところで会長の働きかけがあったらしい。
「予想外、でしたか?」
蛍に声をかけられる。
「何と言えばいいのか、難しいな」
予想していなかったことは実はほとんどない。
予想していたけど具体的に絵を描けてなかったこと、ならけっこうあった。
「そうですか」
蛍はそれ以上聞いてこようとしない。
ありがたいが、ちょっと罪悪感がある。
何か返せればいいんだが、これからの俺にそんな余裕あるかな?
「あ、エースケと蛍だ」
聞き覚えのあるウルスラの声だが、いつになくけわしい。
隣にいるアインがなだめようとしたが失敗したという顔つきだ。
「本当に敵と遭遇するとは思わなかったんだ」
彼女が怒ってる理由なんて聞くまでもない。
なぜ自分たちを連れて行かなかったのか? だ。
「ふーん、ほんとかな」
ウルスラは露骨に疑っている。
これまでの行いのせいだろうか?
「本当だよ。もうちょっと確率が高かったらウルスラは連れて行ったぞ。じゃないと自殺行為だろ」
敵や罠を探るなら、彼女は必須だと持ち上げる。
「どうだかなー」
あいにく全然信じてもらえない。
「敵を探すだけなら蛍で充分だろー?」
図星だった。
「……ごめん」
これ、謝る一択だなと直感する。
「ふん、ボクらは命をあずけあう仲間だと思ってたよ」
ウルスラは捨て台詞を残して去っていく。
アインがジェスチャーだけで謝りながら彼女を追いかける。
「ウルスラがあそこまで怒るのは完全に誤算だったな」
まだそこまで信頼関係できてないから、と受け流されると思っていた。
「エースケ殿でも、気づかないことはあるのですね」
蛍がなぜか微笑んでいる。
「うーん、人の心は難しい」
ゲームとまったく同じなら──なんてこの世界で生きる人たちに失礼だ。
「すこしずつ学びながらやっていくか」
「ほかに手はないですね」
蛍はくすくす笑っている。
「さしあたってウルスラと仲直り、会長に礼か」
礼儀的には後者が先だ。
ウルスラは引きずるような性格じゃないけど、時間をあけるのもよくない。
一限目の休みで運よく会長に会ったので改めて礼を言って、昼休みウルスラをご飯に誘う。
「あれ、ボクが行ってもいいのかなー?」
まだふてくされていて、頭の後ろで手を組みながら目をそらす。
意外と尾を引いているな……。
「ああ、死なせたくない仲間だからな」
死なせたくない、の部分を強調する。
「ふん、わかったよ」
ウルスラは真顔になって俺を見上げた。
「もっと強くなってやるよ。足手まといあつかいできないくらいに」
あれ、なんかミスった?
負けず嫌いな部分に火をつけてしまったか?
「じゃ、メシに行こう。エースケのおごりな!」
うって変わってニカッと白い歯を見せて、俺の肩を勢いよく叩く。
唖然と彼女の顔を見直すと、
「エースケ殿が声をかける段階ですでに怒ってなかったと思いますよ」
横から蛍が口を出す。
「あったりー。蛍のほうが察しいいね」
ウルスラは悪びれず認める。
「……だまされた」
俺だけかと思ったらアインもびっくりしていた。
「二人とも、女に引っ掛けられそうだよなー。ボクが言うのもなんだけど」
ウルスラは心配そうに俺たちを見る。
「純真なかたがたですよね」
蛍が微笑みながらフォローしてきた。
なんだろう、きれいな着地が決まったうれしい状況なのに、なんか悔しいんだけど?
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