第175話「柔軟な考え」

「無謀そうだと思ったら止めてくれ。その場合止めなかったことこそが、蛍の責任な」




「承知いたしました」




 蛍は笑顔で俺の要求にうなずく。




 彼女の性格上、何でもかんでも俺一人の責任というわけにはいかないだろうからな。




 彼女にも責任がいくケースを提示しておくくらいでちょうどいいだろう。




「まあデートのフリをするためにも、何か店をのぞいてみるか?」




「監視されている感じはしませんが……エースケ殿がお望みでしたら」




 彼女の返答で、尾行や監視のたぐいにも注意を払っていてくれたことがうかがえた。




 彼女でも気づけないレベルとなると、フィーネか戦闘教官クラスだろう。


 今ここに来ている理由がないし、運悪く来ていた場合は素直にあきらめよう。




 町には飲食店や衣類店以外には、森丘でとれる素材を活かした土産物屋、森丘に入る冒険者などをターゲットにしたと思われる武器屋や防具屋がある。




「蛍は何かほしいものあるか?」




「それがしは特に……」




 俺が問いかけると蛍はそっと目をそらす。


 そらす前にあったのは可愛らしい小物を扱う店だった。




 彼女はけっこう可愛いらしいものが好きなんだっけか。


 隠し設定と言うか、攻略ルートに入って初めて明かされる設定だが。




 だが、武人やサムライとして生きることを是とする彼女は、自分にはふさわしくないんじゃないかと悩んでいるだったな。




「似合うと思うぞ?」




「!?」




 俺が言うと彼女は露骨に動揺する。




「で、ですが、それがしは」




 彼女は頬を赤らめて手をぶんぶんと振り、心なしか目がぐるぐるしているようだった。




「蛍は美人だから可愛い小物を身に着けてもいいと思うが」




「こ、故郷では武人たるもの、そのような浮かれたものは不要と言われていまして」




 俺の言葉を聞いて蛍はもじもじしながら答える。


 興味はあるけど踏ん切りはつかないのかな。




 軽く背中を後押しをするだけじゃダメだな、これは。




「おじさん、これください」




「はいよ」




 価格を見ておじさんに貨幣を渡して、銀色の髪飾りを一つ購入する。




 何の効果もないただのアクセサリーなのだろうが、蛍にはそういうものこそ必要と言えそうだ。




 彼女の髪につけてあげても抵抗はされなかった。


 彼女に抵抗されると俺に勝ち目はないし、されないってことはやっぱり彼女も……。




 なんて思っていると、彼女はおそるおそるこっちをうかがってくる。




「いいのですか?」




「ああ。日頃の感謝の気持ちだし、よく似合っているよ」




「あ、ありがとうございます」




 彼女は照れてうつむく。


 耳まで真っ赤になっているのが可愛い。




「武人には無縁だと思っていたのですが」




 そして小声でぽつりと言う。




「刀だって常に抜きっぱなしってわけじゃないだろう。それと同じ扱いでいいんじゃないかな?」




 と思っていたことを告げる。




「そ、そうでしょうか」




 蛍はその発想はなかったとばかりに、大きく目を見開く。




「ああ。刀は鞘に納まってる時は何かを斬ったりしない。常に凶器というわけじゃないわけだ」




 何だか効果がありそうなので言葉を重ねる。




「常時戦場を心掛けるべしというのがわが流派の教えでした。まったくエースケ殿の発想の柔軟さには驚かされますね」




 蛍は透明感のある笑みを浮かべた。




「この場合流派の教えにこだわらないお前こそ、柔軟な考えの持ち主だと褒められるべきじゃないだろうか?」




「あっ……」




 俺の指摘に彼女はか細い声をあげ、気まずそうにうつむく。




 俺のことしか見えなくなっているか? と一瞬の半分くらい考えたが、さすがに恥ずかしいので口に出すのは自重した。


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水曜日のシリウスで漫画の連載がはじまります。

よろしくお願いいたします。

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