第86話「一緒に飯を食おう」
昼休みになるとウルスラはいの一番という勢いでやってくる。
「よお、来たぜ!」
ピッと右手をあげる敬礼とともに見せる笑顔はあどけない少年のようだ。
「速いな、ノヴァク」
「へへへ」
ウルスラは鼻を指でこすりながら得意そうに笑う。
「何だかよそよそしいな。ウルスラでいいぜ」
そして注文をつけてくる。
「ああ、そうさせてもらおう」
俺が答えてるとアインと蛍の二人もやってきた。
「教室の入り口で四人は狭すぎるし、食堂でいいよな?」
誰も異論はなかったので移動がはじまる。
道中、会話はなかった。
ウルスラは機嫌よさそうに口笛を吹きながら先頭を歩いていて、そんな彼女にどう声をかけていいのかわからない。
おそらく蛍とアインも同じような心境だろう。
二人とも社交性はそこまで優れているわけじゃない。
俺よりはマシなんだろうけど。
「機嫌がよさそうだな?」
「まあなー。仲間ができるかもって思えばついついなー」
俺の声にふり向かずウルスラは答える。
テンションはたしかにちょっと高い。
ゲームと比べてなんか違う気がするが、正直またかって気持ちが強い。
ウルスラだけ同じってほうが不自然に思えそうなレベルだ。
食堂は意外とすいていた。
弁当を持ってきたり、食堂以外で食べる生徒も少なくないってことだもんな。
シェラやフィーネはおそらく生徒会室だろうし、部室で食べる生徒もきっといるのだろう。
「よー、昼メシは何にする? 俺はチキンカレー」
とウルスラがパッとふり向いて聞いてきた。
プレイヤーの感覚をぶっ壊すためなのか、それともそこまで考えてなかったのか、この世界にはチキンカレーとかオムライスとかが普通にあるんだよな。
いちいち日本人が知ってる単語に置き換えなくてもいいのは楽だが、世界観にひたれないというネガティブな意見もあった。
個人的にはゲームなんだから現地語のメニューに日本語用ルビを振ってくれと思ったもんだが。
いざエースケ・シジマになってみると、こっちのほうが楽なのはたしかだった。
画面で文字で見るのと自分の耳で聞くのとは勝手が違うもんなあ。
「蕎麦と天ぷらの定食にいたします」
と蛍は即決する。
「お、あんた黒儒の人?」
「ええまあ」
ウルスラはさっそく蛍に話しかけた。
ゲームの時でもウルスラは積極的だったなぁ。
これがうわさのコミュニケーション強者ってやつか。
たぶん俺とアインのは聞いてないだろうから言わなくていいな。
アインと目をかわし肩をすくめあう。
アインはオムライスとコーンスープ、俺はペペロンチーノとミネストローネにマッシュポテトをつけた。
俺とアインが並んで座り、俺の目の前には蛍が自然と腰を下ろす。
「おお、男子はやっぱりよく食うんだなあ」
とウルスラが俺たちのトレーの上に並ぶ食器を見て目を丸くする。
「お二人とも健啖家ですよね」
蛍が頬をゆるめながら同意した。
「そうかなぁ?」
「これくらいは普通だと思うな」
俺たちは顔を見合わせて答える。
女子から見ればそう感じるのかな?
蛍はよく食べよく動くのでスタイルもいいってはずなんだが。
「こういうところで差がつくのかなぁ」
ウルスラはちょっと悔しそうなつぶやきを漏らす。
「単純な違いを比べても意味がないかと思いますよ。工夫や技巧で埋められるものですし」
蛍はさらりと言う。
彼女が言えば説得力はあるんだが、ウルスラにはどう伝わるだろうか。
「へえ、そんなもんかね。あんたに言われると説得力を感じるなぁ。強がってる感じがないからかな?」
ウルスラは自分でも不思議だと首をひねる。
「まあ蛍は強がる必要なんてないだろうよ。実際に強いから」
と俺は口をはさんだ。
「へえー、たしかにただ者じゃない空気は感じるね」
ウルスラは納得という顔で応じる。
彼女は野生の本能というか、危険察知能力は高い。
蛍が臨戦態勢にならなくても力の一端を感じ取るくらいはできるんだろう。
「まだ未熟な身で恐縮です」
蛍は謙遜した。
まあ蛍だもんなぁ。
彼女は今の自分がどの程度か客観的に把握しながらも、けっして驕らない。
さらなる高みを目指して毎日研鑽している。
「未熟、ねえ?」
ウルスラは納得できないという顔だった。
他の言葉を飲み込むあたりコミュニケーション強者と言うべきだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます